やはり完結してない漫画に手を出すべきじゃない つらい、、 『囀る鳥は羽ばたかない』の話をしています
— ささやか (@oyasumitte) 2024年10月16日
完結していない漫画を読むのがつらい。すべての作品について単行本派なので、供給待ちの期間が長すぎて餓え死にしそうだ。ちなみにジャンプ本誌で完結した呪術廻戦も絶賛来月の単行本待ちなので、まだあまり詳細に結末の話をされたくない
ヨネダコウ『囀る鳥は羽ばたかない』
最新9巻が出た頃にXで作品名を出していたら、その後会った人に「どんな話?」と聞かれたのだけど、検索して表紙を見てから聞いてほしかった。
ご覧のとおりの純愛ものである
どんな漫画かと問われると説明が難しい。
BLだ。表紙の美形、ヤクザの若頭である八代(やしろ)36歳と、彼に仕えることになる百目鬼(どうめき)という青年25歳の純愛が描かれる。
嘘ではない。それが全体のおよそ2割程度で、残りは親子の盃がどうだ兄弟が何だ、やれ上納がやれ跡目がシマが裏切りが何だとバチバチ金金ドロドロやっているというだけで。登場するのはほぼスジ者のおじさんとチンピラだ
初見の1巻より、2巻を読んで思い起こされる1巻の方が、7巻以降を読んでから戻る1〜6巻の方が、味が濃くなるタイプの作品。といえばネタバレなしに良さを伝えるのが難しいことは伝わるだろうか
一旦、公式の作品概要を紹介してみる。
ドMで変態、淫乱の矢代は、真誠会若頭であり、真誠興業の社長だ。金儲けが上手で、本音を決して見せない矢代のもとに、百目鬼力が付き人兼用心棒としてやってくる。部下には手を出さないと決めていた矢代だが、どうしてか百目鬼には惹かれるものがあった。矢代に誘われる百目鬼だが、ある理由によりその誘いに応えることができない。自己矛盾を抱えて生きる矢代と、愚直なまま傷を抱えて生きるふたりの物語が始まる──!
続いて、公式POPの内容がこれ。
マゾで淫乱で美形のヤクザ・矢代
無口で無骨でインポの部下・百目鬼
幸福を知らない男と その男を知ることで 再生していく男の話です
矢代の性的な誘いに百目鬼が応えられない理由については、作品紹介で「ある理由により」とかなり濁されているが、公式POPで百目鬼が勃たないからだと部分的にバラされている。
BL的に言うと、屈強無骨ED忠犬攻め×変態淫乱美人上司受け、辺りになるのだろうか。でも本当にそういう言葉でまとめたくないところではある
自分で載せておいてこんなことを言うのは本当に申し訳ないが、公式の作品紹介ではこの作品の良さがほぼ伝わらない。もう少し具体的にこの作品の最高なところの話をしたいのだけれど、2巻の作品紹介を読んで1巻の展開を知る以上の決定的なネタバレを確実に含んでしまう
というわけでネタバレなしで『囀る鳥は羽ばたかない』について書くことはできないので、未読の人のうち、未完の純愛ヤクザもの『囀る鳥は羽ばたかない』に興味を持たれた方は、ここで閉じて9巻まで読んでください。
私のアフィリンクを踏まなくてもいいです、探して読んでください
事の顛末を具に書きつつ感想を述べるつもりもなく、『囀る鳥は羽ばたかない』の好きなところを3つ言いたかっただけ。ストーリーを追うつもりも説明するつもりもないので、本作を読んだ人に何を言っているのか伝われば嬉しい。
これだけ言っても本を読まずに私の書き殴りを読んでくれる人がいることもわかるし、ネタバレしたところで面白さが消えきる作品だとも思わないので、もういいですか、順番に書きます
まず一つ目。台詞回しが好き。言葉の選び方が最高。
たとえば2巻第8話、負傷した八代の走馬灯モノローグ。
何の憂いもない 誰のせいにもしていない
俺の人生は誰かのせいであってはならない
この救いようがない強さが、抑圧されきった自己肯定が、そこから出てくるのがこの言葉たちなのが本当に好き。
八代と百目鬼の発言に「どうしようもない」「どうにもできない」辺りの響きが近い言葉が、大きく異なる意味をもって散りばめられているのも大好き。
──自分では どうにもできません(3巻第16話)
…お前を どうにもできない(5巻24話)
俺はもう本当に
本当にどうでもよくて どうにもならなくて
痛いだけマシだとすら思っていた(8巻第47話)
二つ目。矢代が泣くときは晴れていて、矢代の心が泣く(心が泣く)ときに代わりに雨が降る演出が好き。
まず1巻収録、高校時代の八代が描かれる『漂えど沈まず、されど鳴きもせず』のここでしょ。
悲しいほど明るいのだ、ひとり泣く八代の背負う空は
同じく高校時代「自慢じゃないが俺は演技が上手いので どんなに心の中がどろどろしていようと顔色を変えることなく接することができる」とした後、友人とその恋人に笑いかける場面では、やはり雨が降っている。悲しい
さらに5巻。八代が百目鬼に向けて淡々と畳みかけ甚振る間、外は雨が降っていて。
その後、着衣でシャワーに降られる八代の目にも涙は無く、窓のないこの浴室で、シャワーは雨の代替品に見えてしまう。その雨も涙の代わりだが。
最初から手離さなきゃいけなかった
手離したかった 手離したくなかった
そして八代がひとり静かに涙を流す頃には雨が上がり、光がさす。八代が屈折した自己肯定と、認めるわけにはいかない欲求の間でひとりで泣く、そのときやはり外の世界は対照的に明るく照らされる
6巻第32話もあからさまで、矢代と百目鬼が口論を始めた途端に雷と共に雨が降り出している。百目鬼が車を降りたら背景は真っ黒で、泣きはしないがこの顔
36歳アラフォーであることを加味するとこれはもう四捨五入したら泣き顔だと思うのだけど、そう、八代は涙を流さず、雨が降り続く。
最新9巻の第58話もそう。八代が病院に着いたときは降っていないし、途中で着く人も濡れた様子はないのに、百目鬼の話題を経て逃げるように帰るそのときには雨が降っている。
三つ目。一番好きなのは、決定的なシーンの描かれ方。美しい伏線回収。
この作品は素直な言葉で語られる感情こそ少ないものの、登場人物の行動には愛情が色濃く滲んでいる。表情を含む身体描写が丁寧で、全編を通して 素人の私でも明確な意図を感じとれる程度には言及も多い。
刺青のない背中、刺青のなかった背中、穴の開くほど強い眼差しに、向けられなくなった視線
中でも髪に関する描写が好き。特に2巻第5話、八代が百目鬼を起こす、それだけといえばそれだけの朝、その断片。
でも5巻第24話で八代はこの日を思い出すのよね。その回想によって私たちは二人の間に起こったことを初めて目撃し、それが遡ってあの朝を特別にする。見事にすれ違い続ける二人の愛情の出力がここで重なったことに八代と読者だけが気づいて、ただ八代は……
壊すな 俺を(5巻第25話)
こいつを受け入れたら
俺は俺という人間を手放さなきゃならない
それがどういうことか
こいつには一生わからない(6巻第32話)
壊さないと あいつは言った
もうとっくに 壊れていた
擦り切れてく 生きることは 途方もない(6巻第34話)
2巻第4話、初恋の男と八代の「酷いのはどっちだ」「お前だろ?俺を泣かせてばっかりでよ」「あ?いつ泣いたよいつ」という会話も好き。八代が一人で泣いたのを知らない男が「いつ泣いたよ」と言う時に、その目元が見切れている。目がついていないと揶揄するように口元だけ描かれているのが好き。
この晩帰路について、八代が百目鬼に「じろじろ見過ぎだ」と言うのも好きだ。見なかった男と見ている男の対比にクラクラする
これがあって、2巻第7話の百目鬼のモノローグ「どうして 分からないんだろう こんなに綺麗で こんなに一途な人が傍にいるのに どうして気付かないんだろう」の切なさが際立つし、でもこのときもう百目鬼は八代に好かれているのに気づかないので、あれです、盲目だね誰も彼も
6巻の『飛ぶ鳥は言葉を持たない』も、何かに気づいた百目鬼があそこからああなるラストなのがたまらない。7巻以降を読んでここに戻ってくると、ただ退室するのではなかったことの意味を思う。
そもそも振り返れば第1話以前からもう八代の軽口と傷ついた顔と暴言と決断と、百目鬼の物言う視線と迷いと覚悟とか全部、もうずっと全部全部愛でしかなくて。そう思うと冒頭で書いた気がする純愛が2割、は少なく見積りすぎか
黒か白ではっきり見えていたはずの点なのに、挟まれると色が変わるオセロみたいに、伸長する文脈で言動の意味がパチパチ変わっていく。
そういう話が好きでたくさん読みたいが、こんなに好きな『囀る鳥は羽ばたかない』みたいな漫画がそうそうあってたまるかよという気持ちもある。こんなに好きな漫画がありふれていてほしくない。でももっとこういうのが読みたい。
人間は矛盾でできている
認めるわけにはいかない情が澱みたいにたまって濁りすぎた もうおしまい
— ささやか (@oyasumitte) 2024年8月18日