どんな言葉で君を愛せば|@oyasumitte

ハッピー賢者モードと人生イヤイヤ期を行ったり来たり

ミーハーなりの好きな日本酒の探し方

日本酒が好きです。お酒には強くないし、好きなだけでべつに詳しくもない。ただ日本酒を飲むのは好き。

それだけの理由で、而今という日本酒の写真をXのアイコンに設定して2年ほど経ちました。ジコンと読みます。

最近、友人が「三重県のじこんというお酒がおいしいらしい」と初めて聞いたかのように投稿していて、ほんの少しショックでした。三重県の而今というお酒がおいしいこと、私がもっと早くあなたに伝えたらよかった!

 

そういえば、昔こんな質問ももらっていました。

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元々日本酒が大好きだったわけでも、未だ専門家でもないミーハーなりに、私が好きな日本酒について改めて書いてみたいと思います。

 

 

而今というお酒が美味しいらしい

まず、アイコンにしているこのお酒について。

 

而今 純米吟醸山田錦無濾過生(おそらく2017BY)は、6年前、私がはじめて美味しいと思った日本酒です。

当時大学生だった私は、安い居酒屋の「日本酒」とだけ書かれたお酒とか、室内なのにブルーシートを敷くタイプの飲み会で開ける常温の日本酒しか知らず、日本酒は美味しくないと思っていました。

小料理屋さんで父と飲んでいたその日も、ビールと果実サワーばかり。見かねた父に「無理かどうかはおいしい日本酒を飲んでから決めればいい」とすすめられ、一口だけ、と渋々飲んだのがよく冷やされた而今の山田錦。それが美味しくて美味しくて!

そこから日本酒を飲む機会が増えていきました。而今が美味しくなければ今の私はなかったので、私にとってずっと特別なお酒です。

 

 

ところで、特別って便利な言葉ですよね。好きでもないのに好きだとか、一番ではないのに一番だとか言ってしまうと嘘になるけれど、君は特別だって言葉自体に中身はないから何がどう明らかになっても嘘には成らず。空っぽの言葉に勝手に期待したのそっちだよねって、確信的に受取側に委ねるずるい言葉。ずるい。何の話?

 

 

そう、特別と一番好きは別という話でした。

而今 純米吟醸 山田錦無濾過生は私にとって特別なお酒ですが、今の私が一番好きなのはこちら。花邑 純米大吟醸愛山というお酒です

 

 

日本酒の名前、長すぎ問題

而今純米吟醸山田錦無濾過生に、花邑純米大吟醸愛山。日本酒をほとんど飲まない人からすると呪文のように映るかもしれません。一つずつ分解してみます。

 

「而今」「花邑」

これが銘柄です。いわゆるお酒の名前ですね。而今は三重県の木屋正酒造が作っているお酒、花邑は秋田県の両関酒造が作っているお酒です。

 

「純米吟醸」「純米大吟醸」

これは特定名称。早い話がお酒の作り方のタイプです。

お米をどれほど磨いているかと、後からアルコールを加えているかの2軸で8種類に分かれ、法律で定められた一定の基準を満たしたお酒だけが表示できます。(詳しくはこちら: 国税庁 種類の表示義務 https://www.nta.go.jp/taxes/sake/shiori-gaikyo/shiori/2022/pdf/050.pdf

純米吟醸はそこそこお米を磨き、醸造アルコールを添加しないで作ったお酒。純米大吟醸は純米吟醸よりもお米を磨き、醸造アルコールを添加しないお酒です。

 

「無濾過」「生」

これも製法を表しています。無濾過は濾過という雑味などを取り除く工程を行っていないこと。生は、火入れという低音加熱殺菌の工程を行わないお酒ということ。無濾過で味は複雑に、生だとよりフレッシュになる傾向があると思います。

 

「山田錦」「愛山」

これは原料のお米の種類で、それぞれヤマダニシキ、アイヤマと読みます。

山田錦は酒米の王様と呼ばれ、生産量が最も多く人気も高いです。愛山はほぼ兵庫県でしかつくられず、幻の酒米とか酒米のダイヤモンドという異名があるくらい生産量が少ないお米です。

 

 

お米の産地とお酒の関係

ところで、お米どころは日本酒が美味しいとよく言われますよね。秋田、新潟、富山あたりが浮かぶでしょうか。

主原料であるお米とお水が美味しければ当然お酒も美味しくなる説。一理あると思いますし、その土地のお米を食べ、その地のお水を飲んで美味しさを知ってから、酒蔵や地元のお店で飲むお酒は、実際格別に感じます。

 

一方で、地域の名を冠するためにはその地域で育てたブドウを使う必要があるワインと違い、日本酒はどこのお米を持ってきて作っても、お酒を醸した場所の地酒になります。

新潟のお米を使って神奈川県で作られたお酒は、神奈川県の地酒。だから、と言うのは失礼かもしれませんが、一般にお米を作っているイメージがない県にも、美味しいお酒がたくさんあります。神奈川県の残草蓬莱(ザルソウホウライ)や、埼玉県の花陽浴(ハナアビ)、彩來(サラ)とか。

 

お米の品種や産地について表示義務はないため、何もかも伏せているお酒から、品種だけでなく産地の特定地区まで載せているお酒まで様々です。

而今 純米吟醸 東条山田錦、而今 純米吟醸 吉川山田錦。而今 きもと 東条秋津山田錦、而今 きもと 赤磐雄町木桶。

東条山田錦と吉川(ヨカワ)山田錦、東条秋津山田錦は、いずれも兵庫県特A地区という“最高位”の良質なお米がとれる地区産のお米であることを表しています。赤磐雄町(アカイワオマチ)は、岡山県の赤磐地域で育てられた雄町というお米です。

直線距離で20kmしか離れていないという東条山田錦と吉川山田錦の而今同士を飲み比べて、実際に味が違ったときは、何をされたのかわかりませんでした。ミーハーでもわかるくらい味が違うのです。

而今は三重のお酒なので、これらは四本ともお米が県境をまたいでいます。

 

而今 純米吟醸 三重山田錦 

こちらはお米もお酒も三重県伊賀地方から出ている、地域密着パターン。

県外にせよ県内にせよ、高評価がついている産地の明記によってお米の質を担保し、お酒のおいしさや味わいをイメージさせているという点では同じかなと思います。ミーハーに産地の話は難しいので、書いてあったら拘ってるんだな程度の認識で良い気がします。

 

 

初心者におすすめの日本酒

オタク早口で書いてきましたが、ここで一番最初の「三重県のじこんというお酒が美味しいらしい」という情報に戻りましょう。

 

確かに而今というお酒は美味しいです。人気もあります。

結論から言えば、好みとか何もわからず、とりあえず日本酒を飲んでみたいのなら、而今は良い選択肢だと思います。

而今の純米吟醸を飲んでください

 

而今とひとくちに言っても、純米吟醸だったり純米酒だったり、無濾過生だったり火入れだったり、山田錦だったり吉川山田錦だったり雄町だったり赤磐雄町だったり、さらに生酛だの木桶だの……いろいろありましたよね。当然、味や香りは異なります。

作り方もお米もこんなにバリエーションがある。それを鑑みると「而今、美味しいよね」「わかる」という会話において、全く同じお酒の話をしていることはそう多くないはず。

一方で「而今の純米吟醸山田錦無濾過生、美味しいよ」とか「花邑の純米大吟醸愛山が一番好き」などと完全に特定して話したところで、それがいつでもどこでも飲めるわけではない。断定しすぎるのも不親切です。

 

好きな日本酒だとかおすすめの日本酒だとかいう質問で求められているのは、銘柄だと思います。だから答えとしては、而今を飲んでください、となるのですけれど。じゃあなぜ而今の純米吟醸を推すかというと、個人的な思い入れ以外にも一応理由があります。

中部地方の純米吟醸が、ちょうどいいと思うのです。

 

ざっくり、本当にざっくり雑に言うと、東にいくほど日本酒は綺麗な味になりやすくて、西にいくほど豊満な味になりやすいように思います。本当はこんなこと一概に言えるわけはないのですが、知識の足りないミーハーなりに、一つ一つのお酒ではなく全体を見たとき、何となくそういう傾向はありそうだなと。

 

而今の地元、三重県は中部・東海地方。西日本か東日本かで言えば西ですが、極端に西の、例えば長崎のお酒を飲むより標準っぽい感じが伝わるでしょうか。

そして純米吟醸は、特定名称酒を精米歩合で並べたとき、一番お米の表面を削る純米大吟醸と、あまり削らずタンパク質が多く残ったお米でつくる純米酒に挟まれた真ん中のお酒。これもまたちょうどよいのでは、と思うのです。

 

より自分好みの日本酒を探すにあたっては、最初からクラクラするような情報量と向き合うよりも、とにかくまず何か飲んでいただいて、それに対する感想を添えつつ、お店の方や日本酒に詳しい人に聞いて好みの系統を絞っていくのが結局は近道だと思います。その入口としてちょうど良く、かつ、シンプルに美味しいので人を日本酒から遠ざけないお酒が、而今の純米吟醸かなと。

 

……とはいえ、ワインが大好きならワイン酵母を用いた日本酒や、ワインに学ぶ日本酒に手を出す方が向いている人もいるでしょう。埼玉のARROZとか、愛知の醸し人九平次純米大吟醸山田錦とか。私も大好きです。

 

普段、果実系のサワーばかり飲んでいる人なら、フルーティーでシュワっとしている低アルコールの日本酒が良さそうかしら。長野のボーミッシェルコットンキャンディーとか、千葉の福祝スパークリングとか。広島の賀茂金秀特別純米13、新潟の醸す森生酒あたりも、ジューシーで大好きです。

 

 

地域、特定名称、キーワード

私が知らないお酒を飲んでみるときにヒントにしているのは、どこで、どれくらい磨いたお米でつくられたお酒なのかという二点。

これはほぼお酒の名前からわかります。而今 純米吟醸 山田錦無濾過生から抜き出すと、三重県の純米吟醸という部分。花邑 純米大吟醸 愛山なら、秋田県の純米大吟醸の部分です。

東へいくほどお酒としては綺麗に澄みがちで、お米は磨くほど香りとお米自体の甘味が前に出てきがち。純米酒よりも、アルコールを加える本醸造酒の方が甘味が薄く遠くてドライになりがち……な気がする。気がするだけかもしれませんが。

 

そして三点目、そのお酒の説明で用いられるキーワードも頼りにしています。

日本酒の名前は長いし、酔っぱらいが全部覚えて帰るのは難しいですよね。あるお酒を気に入ったときは「メロンのような果実感」「華やか」「フルーティー」など、そのお酒の説明に出てきたフレーズを拾って覚えておくだけで、詳しい人の知識を使って、また近い味わいのお酒に辿りつきやすいと思います。

「フルーティーとかフレッシュって説明される感じのお酒が好きなんですけど、この中だとどれがおすすめですか」。私は最初、この質問一本槍でした。その中で、なんか純米吟醸の生酒率が高いなとか、三重県奈良県あたりのお酒が特に好きかもとか、自分の好みが少しずつ具体的になってきたように思います。

 

 

あとはお酒自体の話ではありませんが、日本酒を飲み比べる上で助かるのは、ワイングラスで少量から飲ませてくれるお店。捗ります。

おちょこだとどうしても香りを感じにくかったり、せっかくよく冷やして提供されても体温で温まりやすかったりします。楽しく飲む場では何の問題もないですが、飲み比べる日はワイングラスで飲むことを試してほしいです。お店によってはメニューの記載が一合180ml単位でも、半合90ml以下の量をグラスで出してくれる場合があります。

 

はい。

いろいろ書いてきましたが、振り返ると結局全部、ミーハーな私はこうして特に知識を身につけることなく、粗い情報と他力本願で日本酒を楽しんでいますという恥ずかしい告白でした!

 

最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。

おやすみなさい。最近は一層雑に「愛山のお酒ありますか?」と尋ねるようになっているささやかでした。

令和の夢小説漫画 『推しにガチ恋しちゃったら』

繋がりという言葉にある特定の意味を見出して疼く心がある人。夢小説を読んだ十代の記憶がある人。

こんにちは、私もそうです。そうでした。

ガラケーで夢小説を読み漁り、己の中の需要に応えてくれる供給がなければ自ら書き、読んだり読まれたりする中で惹かれあったインターネットのオタク同士、連絡先を交換して「身内」と呼び合いお互いの個人サイトにリンクを貼り合った中学生の頃。

ヴッ 頭が……!

 

私の生み出した黒歴史が、スイマガやモバスペたちと共に平成の海に眠ったのはどう考えても良いことだった。でも同じく中学生の私が胸を震わせた誰かの黒歴史も、そうしてふいに葬られてしまったことを思うと寂しい。そう考えると書籍って本当にありがたいわね

 

 

そんな、読んでも書いても黒歴史な夢小説。私が読んでいたそれの作者先生方も「身内」も、みんな大人になり離れたのに、なぜ今さら掘り起こしてこんな話をしているのか。当時飽きるほど見たあの夢小説ド定番設定の漫画を見つけてしまったからです。令和の今になって。

 

そう、その夢小説ド定番設定漫画がこちら、『推しにガチ恋しちゃったら

推しにガチ恋しちゃったら 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)

昨日2024年2月22日に電子書籍で最新作3巻が発売され、紙版コミックスは1巻発売中・2巻が来月発売予約受付中。

 


身も蓋もないけれど、まず主人公の担当・優衣人の顔が良い。ここでは絵柄が好きという意味です。


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平成を生きたおたくたちに伝わるように担当と書きましたが、もうこれだけでかなり恥ずかしい。今どきのおたくは担当とか言わないのよね。「推し」なの。あと“赤西🕶️さやか💄”みたいな痛い名前を名乗ったり“身内”を作ったりも多分しないの。

「ガチ恋」は言ってましたっけ?我々の時代は“リア恋”や“本気愛”じゃなかった?


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課金して引き当てた担当との30秒オンライントーク、その翌週におたく友達に呼ばれて行ったパーティーでこの遭遇シーンが起こるの、おたくの妄想すぎる。ここでは大変素敵という意味です

 

先のシーン、主人公の桃が堪えきれず「ゔっ」と泣きだしているのだけど、夢小説遍歴有りおたくは別の意味で泣きたい気持ちになるのではないでしょうか。

だって親の顔より見た話。なぜか何万人もいるオタクの中で認知されていて、ひょんなことから「繋がり」、うっかり仲良くなったり手を出されたりする物語。蘇る十代の我々の痛み。イタさ。ヴッ

 

そんな一話のタイトルはなんと「限界おたくと繋がり女」です。むごい……

 

 

そんな『推しにガチ恋しちゃったら』、作者の春江ひかるさんがXで試し読みを公開されています。試し読みポストのリンク先はコミックシーモアの購入ページですが、Kindleでも2/23現在1巻が66円になっているのでお好きな方でぜひ。

kindle版 推しにガチ恋しちゃったら 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)

 

さて、先日発売された『推しにガチ恋しちゃったら』紙版コミック1巻。帯のコメントは「闇深泥沼アイドルラブ」だそうです。

ちらりと沼加減をご紹介、という名目で私の好きなシーンを3つ……


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「大丈夫?他の男の写真あったらおれ怒るけど」

(1巻 2話 六本木トワイライト)


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「それ分かっててまだここにいて 警戒心 足んないんじゃないすか お嬢さん」

(1巻 2話 六本木トワイライト)


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「で おれらは今から何すんの?」

(2巻 5話 無い記憶)

 

……という感じで、アイドルの職を抜きにしても普通にドのつく沼男。いるよねこういう沼。非おたくの人々もウワーってなりながら読めると思います

 

1巻、作り込まれてる感があまりなくて、本当に夢小説みたいな感触だなと思っていたら、どうやら当初読み切り用に描かれ始めた作品が連載になったとか。それが来月から連載誌も格上げお引越しとのことで、乗っかるなら今です。

 

気に入ってる異性の前で好きなタイプを聞かれて「おれのこと好きになんない子。おれみたいなクズにひっかかんない賢い子が好き」とか言っちゃうタイプのダメ男に思うところがある人は読んでください。夢小説を通ったおたくも読んでください。

差し支えなければ、読んだ限界おたくは、実写化されるなら優衣人は誰がいいかを教えてください。私はKAT-TUNでデビューした頃のアイドル赤西仁で見たかった

 

 

私にとっては高校受験の日の朝、ジンアカニシの結婚報道が出て、試験回答後の余り時間に虚無の顔をしていたあの春からもう12年。自担、あえていう、自担が、結婚して父になり離婚してまた独身になる間に、わたしは中学と高校と大学を卒業して、彼が結婚した年齢に追いつきました

 

ね、あの頃私たちには随分大人に見えたKAT-TUNって、本当はとても若かったね。まだ二十歳だったのね。『推しにガチ恋』の優衣人以上に遊びたい盛りの時期にアイドルでいてくれてありがとう。今も表舞台にいてくれて、本当にありがとう

 

……何の話?

 

 

『一万回話しても、彼女には伝わらなかったこと』の感想で笑い合いたい

話したいことがたくさん残ってる 中華料理で何が好きとか

加藤千恵『真夜中の果物 』

これは私が一番好きな短歌。収録された短篇集『真夜中の果物』は、4ページほどのショートストーリーにそれぞれ短歌が添えられる構成で、この短歌が添えられた「酢豚」というお話も大好き。

真夜中の果物 (幻冬舎文庫)

 

さて先月、その作者の新刊が出た。

わたしは好きなピアニストの海外公演を見に行く足で書店に立ち寄り、機内で読むつもりで購入。結局待ちきれずに空港で読み出してしまったのだけれど、序盤からどうにも様子がおかしい。今作もやはり表紙は可愛いのに、何かがおかしい。

一万回話しても、彼女には伝わらなかったこと (ポプラ文庫 482)

いや、そうはならんやろ、と内心で3回エセ関西弁が出たところで読むのを止めた。スーツケースに仕舞い込み、そのまま年を越してしまっていた。

 

 

だって、現実の共感と存在しない記憶の再生による共感とで胸が震えてしまうのが、加藤千恵の作品だった。

「どれだけ一緒にいても、わかりあえない。でも近づきたくて、もどかしい。一筋縄ではいかない女同士の人間関係に悩めるあなたの心を鮮やかに解き放つ、共感度MAXの8篇!」

(『一万回話しても、彼女には伝わらなかったこと』裏表紙より)

先述のお気に入り短篇集とは出版元など異なるとはいえ、今作も確かに紹介文には「共感度MAX」と書かれていた。それなのにどうしてこんなにも理解に苦しむ展開ばかり

 

 

どう考えてもおかしい。短篇ゆえのさっぱり感はあるものの、共感を抱くより先に唖然とする。遅れて嫌悪感がくる。そうはならんやろは、いやいや普通その○○は○○ないでしょう、と言い換えてもいい。そのまま書くとあまりにもネタバレが過ぎるので伏せてみた。

読後感が悪いタイプのそれではないけれど、それでも「共感度MAX」というフレーズはわたしがこの本を一万回読んでもきっと出てこない。

驚愕を増幅させる装置だったのかしら。とすれば納得がいく。あるいは私の感覚が、この小説とその売り文句のターゲットから大きくズレているのか。後者か。きっと後者ね

 

 

そう。お察しのとおり私は、好きだった作者の新作を好きになれなくて悲しいというポエムを書こうとした。最後まで読まずに適当なことを書くわけにもいくまいと念の為読み通してみたら、やはり断じて「共感度MAX」ではないながらも、小説として面白かったのだ。そしてこれを書くに至っている

 

結果として今作で私が一番好きだった人物は「切れなかったもの」の姉だった。

「前にもこういうことがあったの?」(略)「あるわけないでしょう」大笑いした姉は、あまりに普通だった。どうして普通にできるのかが、私にはわからなかった。ずっとわたしの理解を超えていた姉は、そんなときですら、自分とは別の生き物だった。

「切れなかったもの」『一万回話しても、彼女には伝わらなかったこと

展開を知ってからここに戻って読むとゾッとする。人間は怖い。もう何を言ってもネタバレになる気がする。

 

 

とにかく異質な人々を散々目の当たりにしたあと、でも結局こういうのが今の私には一番わからないのかも、と思ったのは「皺のついたスカート」の主人公だった。

母はきっと、バカじゃないの、と言うだろう。(略)けれどわたしは伝えない。こんなに簡単に和解してしまっては、十代の自分に悪い気がするし、母にしたって、たやすくこちらを受け入れはしないだろう。またしばらく会わない日々が始まる。

「皺のついたスカート」『一万回話しても、彼女には伝わらなかったこと』

 

離れて暮らす母から、LINEでアルバムを作る方法を尋ねられたときのくすぐったさ。そういう電話に、たぶん必要以上にその連絡が迷惑でないことを表そうとしてしまっていること、だから何か本当に困ったとき気後れして抱え込まないでほしいこと。一方で誰かの結婚や出産に触れるたび、自分の中で勝手に生み出している鈍い痛みとか、ささやかすぎる罪滅ぼしのように家の事を手伝いに時々帰ることとか。でも本当は罪滅ぼしになればいいと思う暇もないくらい、結局いつも私が一番幸せになってしまっている我儘とか。

大体こんな事柄が今の私を構成していて、だから主人公の意地が耐え難くもどかしいのだ。

「けれど私は伝えない」と、だってあのとき私は傷ついたからと、恥ずかしいからと、次に会えたら話せばいいと、そうして意地を張っているうちに永遠の別れはあっさり訪れる。その後で、あのとき母親に伝えてしまって「バカじゃないの」と笑われたかったと思っても遅いのに

 

 

そういえば、私の大好きな過去作『真夜中の果物 』には「話さなかったこと」という話が収まっていた。添えられた短歌は「わかりあうことはできない 同じものを 見たり食べたり 聞いたりしても」

短歌がなんとなく今作のタイトルとリンクしたのか、ふと思い出し読み返してみたその話は、「いろいろ聞いてみたいことはあった」のに聞かない主人公と、「話すことはいくらでもありそうだった」のに話さなかった女友達とのワンシーン。

数年前読んだときとは随分違う印象を受けた。

わかりあえないことがわかっていて互いに触れないのと、話してわかりあえないことを確認しあうのと、もしも比べるならどちらがより寂しいことでしょう

 

 

また長くなってしまった。今作の中で数少ない、私が「共感度MAX」の売り文句に納得感をおぼえたところを紹介して終わりたい。

一口飲んだお茶が、ゆっくりと身体の中に落ちていくのを感じる。

今どこにいるかわからない原ちゃんにも、こんなふうにお茶を飲める時間がありますように、とわたしは願った。それがこの店だったなら嬉しいけど、そうじゃなくてもいい。

「お茶の時間」『一万回話しても、彼女には伝わらなかったこと』

 

 

今さらだけれど「共感度MAX」なんてフレーズに釣られ、端から泣くつもりで構えて読み始めていなければ、投げ出したまま年を越してしまうこともなかったかもしれない。素直に小説として楽しめばよかったじゃない。先入観って良くないわね。

そうはならんやろな行動を起こす主人公たちは、私にとってはずっと、そうはならんやろな人々な気がしてしまうけれど、いつか読み返して理解できる日が来るのかな。それとも一万回読んでも、私には理解できないことかしら。

 

他の人の感想が気になる本ランキング2024、暫定1位です。もし読んだらぜひ感想を聞かせてください

 

最後までお付き合いありがとうございます。おやすみなさい。さやかでした。