どんな言葉で君を愛せば|oyasumitte

ハッピー賢者モードと人生イヤイヤ期を行ったり来たり

買ってよかった RICOH GRⅢx HDF

あれは今年の2月頃。ふと思ってしまいました。カメラが欲しいかも、と。

わたしは荷物が少ない方です。バッグは小さければ小さいほど可愛いから。アンテプリマのルッケットミニアトゥーラという、家の鍵とカード、リップとイヤホンしか入らないバッグだけで出かけるのが一番好き。写真の金色の方です。

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セールでは買わないのが一番安いように、写真はiPhoneに任せるのが一番身軽。カメラがどんなに小さかろうと。だから必要なのは「小さくて良い」ではなく「良くて小さい」カメラでした。

iPhoneと別に持ち歩く意味がある、「とにかく小さくて、iPhoneより圧倒的に良く撮れるデジカメ」が欲しい!

そしてタイトルのとおり、RICOHのGRⅢx HDFというカメラを買ったのでした。

 

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RICOH GR IIIx HDF 特別モデル デジタルカメラ HDF搭載 焦点距離40mm

GRⅢx HDF本体に、専用ケースと純正予備バッテリーなどを揃えて16万円程。

ズームやフラッシュを諦めることで、もっと大きくて良いカメラみたいに綺麗に撮れる、小さくてえらいやつ……というのが、多分一番雑なGRの説明なのかなと思います。高機能という言葉をあてるには一癖あるが、劇的に綺麗に撮れる、とにかく小さいデジカメ。

わかりやすい公式購入ルートは、当たらないと噂の公式オンラインストア抽選販売(不定期)と、神宮前にあるGR SPACE TOKYOの抽選販売(毎月)の2つ。わたしはGR SPACEの方に応募したところ、HDFを選んだのが良かったのか、初回であっさり手に入りました。

GR SPACE TOKYO | RICOH IMAGING

 

iPhoneのカメラで足りてない?問題

スマホのカメラは実際良くて、わたしも高校生の頃から10年以上、iPhone以外のカメラを持たず特に不便もなく生きてきました。

一方でわたしは結構長いこと、iPhoneカメラの、見ているものが見たまま映らないあの感じが苦手だったのです。倍率を2倍に、スタイルをリッチに設定、明るさを少し暗く調整して撮ると好みの仕上がりになることに気付いたのは、わりと最近の話。わたしがiPhoneのカメラに持っていた苦手意識は、広すぎた画角と、好みでないホワイトバランス設定で大体説明がつきました。

それでもいいカメラで撮られた写真の、これはいいカメラで撮りましたねと写真だけ見て理解できるあの感じ。特に人の写真を撮りたいと思ったとき、どうしてもあれが必要で、それはiPhoneでは叶わない。そういうわけでやはりカメラを探していくと、どうやらセンサーの大きさがものを言うのだとわかってきます。

ここで「とにかく小さくて、iPhoneより圧倒的に良く撮れるデジカメ」というわたしのカメラ探しの条件は、「とにかく小さくて、センサーサイズが大きいデジカメ」と言い換えられました。悩ましいのは、センサーが大きくなればそれを積む本体も物理的に大きくなるということ。センサーサイズでカメラを見ていくと、まずフルサイズと呼ばれる最大のセンサーを搭載したものは、どんなにコンパクトを謳っていてもわたしの鞄にはまず入らないので除外します。

その次に大きいAPS-Cサイズのセンサーを積んで、ポケットに適当に入れられるくらい小さいカメラはGRだけ。GRよりコンパクトでGRより多機能なデジカメはたくさんあるけれど、GRより大きなセンサーを積んでGRよりコンパクトで軽いカメラは無い。ほぼGR一択でした。

 

GR Ⅳか GR Ⅲxか問題

さてGRにしようと決めたはいいものの、GRにはざっくりわけると2種類ありました。

iPhoneの1倍(24mm)に近い画角の無印IVと、iPhoneの2倍(48mm)に近い画角のⅢx。

iPhoneの1倍(24mm)は、中心から外れるほど写るものが伸びる。手前のものが大きく遠いものが小さくなるので、肉眼以上の奥行き感が表れます。対してiPhoneの2倍設定は、写る範囲が狭くなる代わりに、実際に目で見た感じにとても近い写り。

カメラを買った話をしていてiPhoneの写真を載せるのは気まずい上に、遠景は広角の得意分野なので殊更気まずいのですが、ちょうど同じ位置からiPhoneの1倍と2倍で撮っていた写真があったので載せてみます。iPhoneの1倍で撮影、

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iPhoneの2倍で撮影。

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もう一つiPhoneの1倍と、

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iPhoneの2倍。1倍より看板が伸びずに四角く見えるのが伝われば嬉しいです。

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風景を撮るときには1倍の奥行き感もよく思えるのだけれど、人の顔の写真は、絶対に倍率を上げて撮る時のほうが可愛い。加えて、1倍で無難に全体をおさえた写真より、撮りたいものを絞って2倍で撮った写真の方が、後から見返す率が高かった。これらがわたしが画角の狭いGRⅢxを選んだ理由でした。

ⅢxではなくⅢx HDF(Highlight Diffusion Filter)を選んだのは、光の滲む感じが可愛かったから。

RICOH GR III HDF・RICOH GR IIIx HDF / RICOH GR III / GR IIIx / デジタルカメラ / 製品 | RICOH IMAGING

 

以下、全てGRⅢx HDFで撮った写真です。酔っぱらいが適当にパシャパシャしても何となく綺麗におさまって嬉しい。HDFは夜景向きという声を購入前に見かけましたが、個人的には夜の光だとぼやけすぎるので日中の撮影が好きです。

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食べものを撮るとこんな感じ。

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きつすぎず鮮やかな色のうつり方もすごく好き。

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わたしはこれを機にカメラ沼に踏み入ろうという気はなく、最初で最後の一台のつもりでGRⅢx HDFを選びましたが、おそらくGRは一台で済ませたい人向きのカメラではありません。フラッシュがないし暗所に弱い。ズームができず、iPhoneみたいに一瞬で広角に切り替えて全容を収めるなんてこともできない。オートフォーカス機能も同じ価格帯のデジカメに比べたらかなり弱い気がする。わたしの選んだHDFは特に、明るすぎるところにも弱いし。

でも「とにかく小さくて、iPhoneより圧倒的に良く撮れるデジカメ」が欲しかったわたしには十分すぎるカメラでした。目的なく持ち歩ける小ささは正義。

ここには写真を載せられないのが残念ですが、とにかく人が可愛く写る、人間を撮ったときにこそ買ってよかったと思うカメラです。あー!買ってよかった!!!

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……という下書きを寝かせているうちに、GRⅢxシリーズの生産終了と、代わってGRⅣxの今秋発売予定が発表されてしまいました。

ハイエンドコンパクトデジタルカメラ「RICOH GR IVx」の開発について|RICOH IMAGING

わたしには最初で暫定最後の一台としてGRⅢx HDF以上の選択肢はなかったけれど、これからGRの購入を考える人は最新のⅣと一つ古いⅢxという比べ方をしないでいいのが羨ましい。わたしはHDFの滲む感じが好きなので、HDFが同時に出ないなら秋のⅣxは見送りかな。

APS-Cセンサー?お前は何を言っているんだ?レベルから出発した、素人オブ素人のわたしのカメラ探しが、同じく素人な誰かの参考になったら嬉しいです。ここまでお付き合いいただきありがとうございました!

『われら闇より天を見る』/人生の3冊

Xに「人生の十冊」を載せている方がいた。選べるのも載せられるのもすごい。だって、これほど難しいテーマもそう無い。十って中途半端に多いし、かといってそこに好きなものをすべて嵌め込むには少なすぎる、どっちつかずな縛りだ。

一番好きな一冊を選べと言われたら少し迷う。一番から三番までは大体同じくらい好きだから。

好きな十冊、と言われたらもっと迷う。三冊目と四冊目より、四冊目と十一冊目の差の方が小さいから。

そもそも、好きな本を十も誰かに知られてしまうことは私にとって大変恥ずかしい。わたしの輪郭を、掴まれすぎる気がする。

本性と呼ばれるものが真っ裸の私自身だとすれば、誰かと接するときの自分は人に見られることを前提とした、いわば洋服を着ている状態。一人でいるときに聞いてきた音楽や読んできた本は、私自身ではないけれど、洋服よりはっきりと私を象っていて、しかも人に見せることを想定していないもの。私と洋服の間にある、下着のようなものだ。

本棚って下着かもしれない|さやか

そういうわけで、人生の十冊はなかなか選べないし、時間をかけて選んだとしてもとても人には言えない結果になるだろうと思う。

 

でも「人生の三冊」なら、一生それが変わらない自信は無くとも、今のわたしに大切なものとしてはすぐに答えられる。少なくとも今日現在のわたしの選ぶ三冊はこれ。

 

 

『われら闇より天を見る』

われら闇より天を見る

原題は、“We Begin at the End”。

恋人の妹を死なせてしまったヴィンセント・キング。時を経て彼が故郷に戻ってきたことで、親友で警察署長のウォーク、そしてウォークが気にかける少女・ダッチェスの人生が、大きく揺れていく。

「人は終わりから始めるのさ」

われら闇より天を見る

 

三十年前、不幸な事故が起こった。少年だったヴィンセントは、恋人をのせた車で、よりによって恋人の妹である少女を撥ねてしまう。

ヴィンセントには、少年院ではなく刑務所での懲役十年という、重すぎる判決が下された。刑務所内で売られた喧嘩でさらに二十年上乗せされた刑期を務め上げ、カリフォルニアの小さな田舎町へと帰還する。

そんなヴィンセントを親友と思い続けた警官・ウォークに対し、恋人に妹を轢き殺された元少女・スターは、妹の死を乗り越えられず、酒に溺れて生活がままならない。

「ああもう、ウォーク。あんたまるで子どもだね。ましか、ましじゃないか。いいか、悪いか。人間てのはどっちかひとつじゃないの。自分がしてきた最良のことと最悪のこととの寄せ集め。ヴィンセント・キングは人殺しなんだよ。あたしの妹を殺したんだよ」

主人公の一人はウォーク。そしてもう一人の主人公こそ、恋人に妹を殺された元少女から産まれた娘・ダッチェスである。

ダッチェスの生育環境は凄まじいが、その中でも彼女は終始、たった一人の弟を守るために行動する。まだ幼い彼女の行動原理は、母と、彼女よりさらに幼い弟を守ることにしかなかった。「弟はまだ子どもだから」と言ってのける彼女もまだ、十三歳なのに。

「ふたりともいい子ですよ」陳腐な言葉だった。空疎でないときでも空疎に聞こえる。そうでない子供がこの世にいるだろうか。

 

本書は、丁寧に伏線が張られたミステリーだ。最初に読んだときは序盤で既に誰にも共感できないことがわかり、厳しいなと思った記憶がある。

だが読み進めるうちに思い知った。登場人物もわたしたちも同じ人間で、スターの言葉どおり「自分がしてきた最良のことと最悪のこととの寄せ集め」でしかない。誰もが善人であり悪者。相手を守るために良かれと思って行為する。ただそれが、恵まれた結末に繋がるとは限らないだけ。

「祈りと願い事に違いなんてあるか?」ウォークは制帽を脱いだ。「欲しいものを求めるのが願い、必要なものを請うのが祈りだ」

「ならおれの願いと祈りは同じものだ」

わたしは、動機は常に行為を、自由はいつも責任を後追いしてつくられるという考え方が好きだ。最悪な結果は悪意を必要としていない。誰も悪くなくとも時としてひどいことは起こるのに、最悪なことが起こったら、そこに悪意が見出されてしまう。ヴィンセントの諦念には頷かざるを得ない。

「罪ってのは、それが犯されるずっと前から決まってるんだよ。みんなそこがわかってない。選べると思ってる。あとからふり返って、違う道を行ってみたり、別のドアをあけてみたりする。だけど実際には、選べやしなかったんだよ」

事件も事故も、容赦なく起こる。贖罪は報われないどころか次の悲劇を生んでいく。

正直、読んでいて気が滅入る瞬間は多い。緻密に張られた伏線の回収を、純粋に楽しめるほど気持ちの良い展開は無い。何より、父を知らず母を失い、子供でいることをゆるされなかった少女が、まだ十三歳なのはやはりつらい。

ただ「人は終わりから始める」のだ。印象的な台詞としても出てくるこの言葉。

「人は終わりから始めるんだ」

非情で陰鬱な展開は続くが、原題“We Begin at the End”のとおり、また歩き出す人のための物語であり、救いはある。

 

そしてわたしは、これを『われら闇より天を見る』と訳されるセンスが好きすぎる。正直100%のタイトル買いだった。

ちゃんと悲しくてちゃんと面白く、読み終えると前向きな気持ちを残してくれる小説。わたしの人生の三冊分の一です。ぜひ。

BL『囀る鳥は羽ばたかない』と、ただの警察小説『聖なる黒夜』

『囀る鳥は羽ばたかない』という漫画が好きだ。

どんな作品かと問われると説明が難しい。気は進まないが端的に言うなら、非常に暗い、年齢差主従関係BLである。

壊さないとあいつは言った

もうとっくに壊れていた

擦り切れてく 生きることは 途方もない

───ヨネダコウ『囀る鳥は羽ばたかない』6巻

囀る鳥は羽ばたかない 6 (HertZ&CRAFT)

主人公は矢代という美しく頭の切れる男で、36歳、反社会的組織の若頭。相手は元警官ながら訳あって矢代の付き人となる25歳の青年、百目鬼

最初こそ矢代の付き人だった百目鬼は半年で矢代本人に追放され組織を去ったし、そこから二人が再会するまでには4年もかかった。40歳と29歳、いい歳になった二人の物語は単行本が9巻まで出ているが、この間一度も二人は恋愛関係に至っていない。一度たりとも。

それでもBLはBLで、さらに多分に暴力的かつ性的で成人向け。登場するのはスジ者のおじさんばかり。随分と人を選ぶ作品ではあるのだが、それを押してでもすすめたい。

 

BLというのは難儀なもので、それをまったく読まない人より、読んでいる人に好きな個別作品の話をする方が難しいのである。なぜならBLにはすべてがある。故に読み手は偏食をゆるされる。嫌いなものを徹底的に避けても供給が尽きないため、我儘放題なのだ。死、暴力、強姦、輪姦、モブ攻、3P、受が対女挿入、攻めフェ……この辺りのキーワードを受け付けないそんな偏食家にとって、『囀る鳥は羽ばたかない』は地雷原となる。

そしてそんな嗜好さえ霞むような決定的な地雷が、この作品にはある。矢代が幼いうちに義父から受けた性暴力が明確に描かれるのだ。男なら誰でもいい淫乱と蔑まれる矢代の被虐癖はここに端を発しているため、必要な描写ではあるが、このシーンは本当に苦しい。

だから『囀る~』を薦められない相手がいるとすれば、創作でもこの描写に耐えられない人と、男が男を愛する話がそもそも無理そうな人、そして地雷の多い腐人。ほかは全員読んでほしい。

 

試し読みは先生自らXで公開されています

 

さて「俺が救えるのは他人に救われる準備がある奴だけだ」とは別作品のキャラクターの台詞だったけれど、矢代はまさに救われる準備がない側の人間。

母の再婚相手に犯され、自らの尊厳を保つため「痛いのが好き」と自分に言い聞かすように変態を騙り、そして初恋の相手だった男友達を陰で救うためにひっそりとヤクザに身を堕とす。愛した男に降りかかる火の粉を払う為ならどんな自己犠牲も払い、そして救ったことをおくびにも出さない健気な男である。

何の憂いもない 誰のせいにもしていない

俺の人生は誰かのせいであってはならない 

囀る鳥は羽ばたかない 2 (HertZ&CRAFT)

矢代の誰にも救われようがない強さと、抑圧されきって捻れに捩れた自己肯定が愛おしい。たまらなく好きだ。

 

大切な堅気の男のために裏社会に身を沈めた矢代は、特別な思いを抱く部下・百目鬼についても、自らと同じところまで堕とさないよう突き放す。お前は今ならまだ堅気に戻れると、そういう本心は言葉にしないまま百目鬼を拒絶する。まだ若い男の将来を大切に思えばこそ、不器用に遠ざけるしかなかった。

一方で矢代に捨てられたと感じた百目鬼は、それでも彼と同じ世界に身を置きたい一心で、別ルートからヤクザになってしまう。矢代の遠回しな真心は百目鬼に伝わらず、二人は絶望的にすれ違っていく。どうしようもなく切なく悲しくて、あまりにも人間臭く、こんな漫画は他にない。

俺はもう本当に

本当にどうでもよくて どうにもならなくて

痛いだけマシだとすら思っていた

囀る鳥は羽ばたかない 8 (HertZ&CRAFT)

 

好きだからこそ、『囀る鳥は羽ばたかない』みたいな作品がいくつもあってたまるかと思っていた。こんなに重く暗く激しく悲しい最高の話なんてあればあるほどいいに決まっているが、あるわけがないのだと。

 

そこへきてこちらの投稿を見かけた。

話半分に読んでみることにしたのだが、結論から言うと、今ではわたしはこの投稿に甚く感謝している。

『囀る鳥は羽ばたかない』が好きなわたしは、小説『聖なる黒夜』が、確かに大好きだった。

 

『聖なる黒夜』の主人公は、中学生の頃、剣道を嗜む親友がたった一人で先輩にいじめられないか心配するあまり、自らは未経験で剣道部に入部してしまうほど人の良かった男・麻生。天才刑事と呼ばれた麻生が若かりし日に逮捕した大学院生・山内練は、今や男妾あがりの企業舎弟。広域暴力団の大幹部が殺された事件で、二人は担当警部と容疑者として再会する───

「あんたはこれまでも、自分がパクった奴らのことを心配したり面倒みたりして来たわけ?」

「……いいや。中には相談にのってやった奴もいたが」

「で、今回はどうしてそう、心配なのよ。これまでの奴らに対してと同じに、無視して生きてたらいいんじゃないの?」

「どうしてなんだろうな」

麻生は思わず、笑った。

「実際、わからん」

練の表情がゆるんだ。微笑んだように見えた。

「自分でわかんないんじゃ、しょうがねぇじゃねぇの」

「ああ、しょうがない。鬱陶しいか」

「ものすごく鬱陶しい」

「我慢してくれ。俺は昔から、気の済むまでひとつのことをしないといられないタチなんだ」

「迷惑なおっさんだぜ、ほんと」

歩幅が少し、縮まった気がした。練は歩く速度をゆるめ、自分から麻生の横に並んだ。そして、後は言葉を発せずに、あの時タクシーの中でハミングしていた曲をまた、口ずさんでいた。

「なんて歌なんだ、それ」

「Because the night」

聖なる黒夜(上) (角川文庫)

ただし『聖なる黒夜』が『囀る鳥は羽ばたかない』と大きく異なるのは、BLを謳っていないということ。

過去の一点で偶然に人生が交わった男相手にバカデカい感情を抱いてしまった男が、望むと望まざるとに関わらず大きな因果に巻き込まれていくだけの、BLではない警察小説である。

「勝手について来たくせに、先に帰るんだ」

麻生は一万円札を一枚、テーブルに置いたが、練はそれをテーブルから指先で弾き飛ばした。

「小娘みたいな拗ね方をするな」

麻生は札を拾った。

「楽しくやれなくなったらお開きにした方がいいだろうが」

「余計なことを言いだしたのはあんた」

「違う。挑発したのはおまえだ」

練は足を組み替えて麻生とは反対の方を向いてしまった。

麻生はその仕種に笑いそうになったが、そのまま店を出た。

(略)

東口の前からガードをくぐって西側に出ようとした時、ようやく麻生は振り返った。自分と歩調を合わせて歩いている足音を、雑踏の中で聞き分けたのだ。

振り返り、笑ってから、麻生は呟いた。

「ほんとに、小娘みたいな奴だな、おまえ」

聖なる黒夜(上) (角川文庫)

 

わたしに刺さりに刺さった二人の軽快なやりとりばかり引用してしまったが、警察小説であると同時に、読者としてはきっちり張り巡らされた伏線を辿れば、中盤で真相にたどりつけるタイプのミステリーでもある。全体を通した空気感はもっと重苦しい。

名門の大学院で研究に勤しむ、一介の気弱な大学生だった山内練。とある事件が彼の人生に影を落とし、そこからすべての歯車が恐ろしく最悪な形で噛み合っていくのである。

「山内は、盃を受けろと言われたらしい」

田村は一度顔を上げ、それからまた下を向いた。

「なら、決まりだな。練は逃げらんねえよ……あいつはヤクザにはなりたくねえって言ってたけどなあ。どうしようもねえよ……断ったら、殺されるもんな」

聖なる黒夜(下) (角川文庫)

 

そんな進退窮まる山内の姿に重ねてしまうのは、やはり『囀る鳥は羽ばたかない』の矢代だった。

親友の家をヤクザの地上げから守るため「結局この道しかないだろ」と自らに言い聞かせ、なりたくなかったヤクザと親子の盃を交わしてしまった矢代。そうして守った親友であり初恋の男が何も知らず「今ならまだ間に合う」などと説得してきても、ただこう返した矢代。

「なるべくしてなるんじゃない

そこにしか道が残されてないだけだ

ヤクザの俺がそんなに嫌なら

いっそ知らない人間だと思ってくれて構わない

その方がお前も楽だろ?」

囀る鳥は羽ばたかない 2 (HertZ&CRAFT)

 

あ゛あ゛!!!苦しい!!!!!

BLコミック『囀る鳥は羽ばたかない』の矢代と百目鬼にも、BLではない警察小説『聖なる黒夜』の麻生と山内にも、とにかく幸せになってほしいです。

 

おやすみなさい。よい夜を。

囀る鳥は羽ばたかない 1 (HertZ&CRAFT)

聖なる黒夜【上下 合本版】 (角川文庫)