どんな言葉で君を愛せば、

22歳新卒社会人、OL人生のスタート

ありがちな恋愛の その結末はどれも同じで

こんばんは。さやかです。最近はブログが恋愛の話ばかりになってしまっているなあと危機感を感じつつ、結局今日の内容も恋愛です。もっと学がありそうなブログにしたかったんだけどなあ、と思っている時点で既に学がなさそうなのですけれども。

というわけで今日も恋愛の話ですが、きっかけはある真面目な本との出会いでした。その本は「恋愛で失敗するたびに反省しているはずなのに、結局いつも“さやかは本当に男を見る目だけは節穴だよな”と友人に笑われてしまうような結末に終わってしまうのは何なんだろう」とぼんやり考えていたとき、偶然目の前に現れたのです。

 

なぜいつも“似たような人”を好きになるのか

というのがその本のタイトルで、内容はざっくり言うとパーソナリティ分析で自分の恋愛の傾向と対策を知ろうというものです。彼を知り己を知れば百戦危うからず、彼を知らず己を知らざれば戦う毎に必ず危うし。就活だけでなく、恋愛も自己分析で傾向と対策を知れば未来はきっとバラ色!……となれば嬉しいのですけれど、物事がそれほど単純なら誰も悩みませんよね。自己分析は万能ではないし、過信しないように気をつけたいという話は以前にも書きました。

(関連記事:1年前の自分と話せるなら、自己分析の呪いについて忠告したい。 - どんな言葉で君を愛せば、

ちなみにパーソナリティとは、人それぞれでおよそ18歳までに固まる認知や感情、行動の様式のことを言います。日本語で簡単に言えば人格です。人格の半分は遺伝的要因により決定される生まれつきの気質、残りの半分は環境的要因(心理社会的環境要因)によって左右される後天的に身につけた性格であるとされています。

『なぜいつも“似たような人”を好きになるのか』では、いくつかの質問で自分と相手のパーソナリティを9つに分類するようになっていました。

①回避性パーソナリティタイプ

距離をとり親しくなるのを避けてしまう/どうせ自分なんか幸せになれないと思い込む/欲の少ない淡白な草食系人間/好きな人ができにくい/身体的な接触にも過敏

②依存性パーソナリティタイプ

いつのまにか尽くしてしまう/顔色を見て合わせてしまう/自分勝手な相手に貪りつくされる

③強迫性パーソナリティタイプ

義務と責任に縛られる/真面目で責任感が強くルール違反は許せない/筋が通らないことにこだわってしまう

④自己愛性パーソナリティタイプ

自分が主役じゃないと面白くない/思い通りにならないと相手のせいにしてしまう

⑤反社会性パーソナリティタイプ

危険なスリルを求める/暴力や恐怖で相手を支配してしまう

⑥境界性パーソナリティタイプ

自己評価が低く見捨てられないかいつも不安/周囲を試しコントロールする

⑦演技性パーソナリティタイプ

演技や虚言で相手を困らせる/おしゃれでスマートな人やパトロン的な包容力に弱い/ちょっと冷たいくらいの反応にグッとくる

⑧アスペルガータイプ

まるで宇宙人のような存在/動きがぎこちない/神経が細かい/興味のあることに熱中したい

⑨妄想性パーソナリティタイプ

誰も信じられない/身近な人ほど信じられない/傷つけられたことばかりに目を向けてしまう

 

偏りにはグラデーションがある

上の9タイプは、パーソナリティが偏っている方向を示すものです。青色は私自身が、自分に当てはまるように感じている項目でした。本では各項目に点数が振られていて、その点数が高ければ高いほどそのタイプの傾向が強いということになります。偏りの程度は軽い人も重い人もいるはずですし、その偏りが標準の範囲を外れて大きければ「パーソナリティ障害」となる可能性があります。

私が大学で心理学の講義を受けていたとき、教授が口を酸っぱくして「これから各パーソナリティ障害の特性を話しますが、自分がそれに当てはまる気がするからといって、すぐに“障害”だと思わないでください。特性の強さはグラデーションになっていて、多くの人は“そういう傾向がある”というだけの正常な範囲に収まっています」と言っていたのが印象に残っています。「自覚症状がある人ほど障害というほど重いことは多くない傾向すらある」と聞きました。

貶されるより褒められたいと思うのは自己愛性パーソナリティ障害の人だけではないし、酷いことをされた記憶がなかなか消えないのは妄想性パーソナリティ障害の人だけではありません。ただ褒められたいという感情や辛い記憶に支配されて日常生活や人間関係の構築・継続に著しく困難や苦痛が生じているときには、それが“パーソナリティ障害”となります。

私は学生時代の講義内でも軽いパーソナリティ診断を受けましたが、当時も今回も回避性パーソナリティが強めに出ました。回避性パーソナリティ障害の基準をWikipediaから引用すると、

基準1は、批判や拒絶に対する恐れのために、職業、学校活動を避けていること。
基準2は、好かれているという確信がないと親しい人間関係が作れない。
基準3は、親密な関係でも遠慮がちであり、親密となるには批判なしで受け入れられていると確信したり、繰り返し世話をされるということを必要とする。
基準4は、批判などに過敏であること。
基準5は、不適切という感覚や低い自尊心があるため、新しい対人関係では控えめである。
基準6は、自分が劣っていると感じている。
基準7は、新しいことに取り掛かりにくい。

以上の基準の4つ以上を満たす必要がある。

回避性パーソナリティ障害 - Wikipedia

とあり、わたしは基準1,2,3の特性を自覚しています。ただし批判を恐れて社会活動を避けたり新しいことに挑戦できなかったりはしないため、回避性の傾向があるパーソナリティという程度だろうと思います。

 

何度も諦めようと思ったけど、やっぱり好きなんだ

というのはカフカさん(Twitter:@kafuka_monchi)による恋愛エッセイのタイトルで、私の憧れる深川麻衣さんがイメージモデルをされています。私はこちらの書籍も、パーソナリティ分析の本を読んだのと同じ日に読みました。

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分析をしたばかりの頭で恋愛エッセイを読むと、どうしても「あ、この行動は○○タイプの傾向が強い人だ」とか「この○○タイプらしい感情は××な行動で抑えるといいんだよな」というように、分析脳で読んでしまいます。それはそれで面白いのですけれど、綺麗な言葉がスッと胸に入ってこなくなるというか、ポエミーな文章に触れてもあまりおセンチな気持ちにはなれなくなってしまうのですよね。

エッセイの趣旨としては「好きな気持ちに素直になったらいい」というメッセージが強く感じられたのですが、自分のパーソナリティと相性があまり良くないパーソナリティというのは確かにあるし、自分の感情に素直になってしまうと人生が狂うこともあるということを認識したばかりだったので、もう「そんな綺麗事言ってもね、」という感情でいっぱい。恋愛って基本的に脳が酩酊状態になって成立するものらしいので、冷静に考えようとしすぎるとそれはそれで上手くいかないのかもしれません。

そしてパーソナリティ分析自体があくまで性格や行動様式の傾向を知るためのものであり、その偏りは一つとは限らないし、偏りがあるからと言って自分を変えなければならないとは限らないし、何より人格というものはそう簡単に変わるものでもありません。自分にどんな偏りがあるのかを知ることは「なぜあのようなことをしてしまったのか」「なぜいつも同じようなパターンで失敗するのか」を考えて、これからの恋愛のヒントを得ようとする試みです。

 

私は誰かに「思ったことは何でも言ってほしい」と言われても、自分が相手に受け入れられていることを実感して関係性に安心することができるまでは、素直に自分の思いを伝えるのは気が引けてしまいます。この「何でも言う」というのは私が最も苦手とすることの一つなのです。つい最近も「私は何でも言うということが苦手で、出会って間もない相手にそれができるようになるまで時間がかかります」ということを相手に相談することにも時間がかかってしまいました。それでも、恋人の負担になりたくなくて寂しいときに寂しいと言わずにいたら寂しいと思うことに疲れて相手への好意ごと消えてしまった昔よりは、一歩進めたと思いたいです。そもそも「会いたい」と思ったときに会えるようだと会うことにもすぐに飽きてしまう自分の性格もわかってきたので、会いたいと思って、それを相手に率直に言えて、でも今すぐ会うのは無理だね、くらいの状況がちょうど良いのかもしれません。現状としては付き合っている人に会いたいとは言えないし、そういえば会いたいと言いたい気持ちすらいつのまにか失……あれ?もしかして私、全然成長していない?

 

なぜいつも“似たような人

なぜいつも“似たような人"を好きになるのか

 
何度も諦めようと思ったけど、やっぱり好きなんだ

何度も諦めようと思ったけど、やっぱり好きなんだ

 

参考文献

岡田尊司『なぜいつも“似たような人”を好きになるのか』青春出版社,2014年。

カフカ『何度も諦めようと思ったけど、やっぱり好きなんだ』KADOKAWAメディアファクトリー,2019年。

(タイトルの「ありがちな恋愛のその結末はどれも同じで」は、乃木坂46の「ありがちな恋愛」という曲の一節です。)