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ハッピー賢者モードと人生イヤイヤ期を行ったり来たり

『未必のマクベス』について言えることはもう、ない

昨年、本屋で平積みされたある文庫本の「これほど素晴らしい小説はそうあるものではない」という帯が目にとまった。ただそれだけであらすじも読まずに購入したその小説が、早瀬耕『未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)』だった。

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面白かった。

購入後しばらく読むタイミングを逃していたところ、寝つけない日に、入眠の共にと積読の中から何気なく選んだはずだった。最後まで読み終えて二重に呆然とした。夜が明けていた

 

しばらく大袈裟な書評にあてられることが続いたのだが、時々でもこういうことが起こるから釣られてみるのをやめられない。

 

『未必のマクベス』、読んでよかったしなぜもっと早く読まなかったんだろうと思うのに、同じくらい、まだ読んでいない人が羨ましい。本書の魅力を余すところなく叫んで少しでも多くの人に読んでもらいたい一方で、あまり激しい言葉を使って読んでくれた人をかえって白けさせるのは論外。今日はそういう話です

 

 

 

『未必のマクベス』は、早川書房より単行本が2014年、文庫版が2017年に発売された小説。10年前の本で、文庫化されたのも7年前だ。私が惹きつけられた、今の帯がついたのだって6年も前。なぜもっと早く見つけられなかったのか。

私がやっと購入したのは1年前で、読んだのは今年。 なぜもっと早く読まなかったのか……

 

 

600頁を超える長編。開くのはやや億劫だ。積読にしていた理由もおそらくそこにあったのに、結局引き込まれて一晩で読んでしまった。

読んだ人と話がしたい。だから人に勧めたいのだけれど、どんな小説かと問われると説明が難しい。何を言ってもこの本の良さからずれていく感覚がある。

 

 

私が惹かれた帯のコメント「これほど素晴らしい小説はそうあるものではない」は、本作の解説も担当された、北上次郎氏の書評の一節だった。

この小説の魅力を語るのは難しい。(中略)だから、こう言い換える。高校時代にちょっと気になる女の子がいて、特になにがあったわけではないのだが、それからも折に触れて彼女を思い出す――そういう経験のある中年男性に本書をすすめたい。あるいは企業の第一線で仕事をしながらも、特に将来を考えず、恋人がいても結婚を夢見ず、そして友人のいない中年男性に本書をすすめたい――(中略)。

これほど素晴らしい小説はそうあるものではない。

中年くすぐる懐かしい香り 「未必のマクベス」(早瀬耕)|好書好日

 

書評家にも語るのが難しいと言わせる小説である。そして何より「これほど素晴らしい小説はそうあるものではない」という濁りのない賛辞がもう存在している。

 

これ以上に言うべきことなど、ない。

 

ないのだが、それでもこの本について書こうと思ったのは、最近になって複数の書店で「今年、もっとも切ない物語」として立派な売り場が設けられているのを見かけたからだ。

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 一番目立つ売り文句は「初恋の人の名前を検索してみたことがありますか?」だった。昔の帯がそうだったらしい。

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何というか、違う。初恋の人の名前?そこ?

違う。違わないけど違う……!

私にとっては違うものの、この感想を選んだ人にとってはそうなのだ。それでいいし、ここにもやはり本書の分類と説明の難しさが表れていると言える。

 

「読後、ただ立ち尽くした」という感想が私の感覚では最も誠実だ。説明しようとすればするほど伝えたいことは遠ざかり、逆に短く「本の形をしたラブレター」くらいまでまとめられると、無理に上手いこと言おうとしてる匂いが気になってしまう。

これは私が穿って見ているせいか

 

 

『未必のマクベス』は、本文以外の情報から想像するよりずっと面白い。ただの恋愛小説なんかじゃない。

個人的には、本書を単純に恋愛小説としてだけ見るなら、ちょっと香ばしすぎる。全員いい年して純粋すぎるのだ。気持ち悪ささえ覚える。何せ主人公は既婚アラフォー壮年男性で……いや、やめておきましょう。ツッコミどころが点としていくつか存在していても、総じて私の中でこれが良い本であることは変わらない。

とにかく、普通の恋愛小説だと思って敬遠するのは違うとだけ

 

 

 

”未必の故意”でしか聞かない「未必」に、シェイクスピアの四大悲劇「マクベス」。

不穏な暗さを孕むタイトルだ。それに抒情的な風景の表紙。「今年、もっとも切ない物語」という売り文句。どれも確かに本作のもつ顔だけれど、切ないとか泣けるとか、そういうわかりやすい言葉で切り出せるタイプの読後感ではなかった。

 

 

今回、あらすじにはあえて触れてこなかった。何を言っているのか、結局どんな本なのかさっぱりわからないと思う。申し訳ない。伝えようともしていない。

ただ何も知らずに読んだ方がきっと面白いから、いいから読んでほしい。他に言うべき言葉が見当たらない。

 

「どうか最初の1ページだけでも立ち読みして欲しい。あわよくば2ページ目も読んでほしい」。わかる……

 

ちなみに作中で説明が入るので、マクベスを読んだことがなくても問題ありません。

そのうち映画かドラマになりそう。まだ読んでいないなら、盛大なネタバレに遭遇する前に2ページだけでも立ち読みしてください。

 

 

……いや冒頭2ページってどんなだっけ、さすがに人にすすめるからには確認しておこうと久しぶりに手に取った。結果、再び最後まで読み通すことになったのだけれど、何だか初めて読んだときより恋愛小説だったような気がする。

 

「今年もっとも切ない物語」に、「初恋の人の名前を検索してみたことがありますか?」か。

そうか。そうね。そうでした。確かに愛の話でした

 

 

 

大好きなバンドの大好きな曲があって、そこで歌われているのと近い愛だと思った。

Don't forget! PLAN YOUR RETREAT PATH

♪ SHANK / submarine

あとこういう愛ね。

あなたが嘘をつかなくても 生きていけますようにと 何回も何千回も願っているのよ

♪ adieu / よるのあと

恋人よ 僕は旅立つ 東へと向かう列車で 華やいだ街で 君への贈り物 探す 探すつもりだ

いいえ あなた 私は欲しいものはないのよ ただ都会の絵の具に 染まらないで帰って

♪ 太田裕美 / 木綿のハンカチーフ

 

『未必のマクベス』。読後、ただ立ち尽くすしかない愛の話です。ぜひ