どんな言葉で君を愛せば、

22歳新卒社会人、OL人生のスタート

鳴ってもないのに鳴ってる気がする スマホはもはや俺の臓器

 

おはようございます。さやかです。

 

私の住むまちの公立図書館は土日になると家族連れを中心に賑わっていて,落ち着けるか落ち着けないかで言ったら完全に落ち着けない空間なのですが,大学の図書館とは所蔵されている本が結構違って面白いのでよく利用しています。

 

机は勉強する高校生で満員だし,館内は小声で交わされる親子の会話で満ちていて,大学の図書館のような静寂はありません。

でもそういう親子や高校生を見ると,週末に親と一緒に図書館に行くのが恒例だったこととか,中高生の頃によく図書館で自習したこととかを思い出して胸が熱盛ィ!になるので,私は結構好きです。

 

今日の記事は,そんな図書館でSEOの本を探していた時に偶然見つけた書籍『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル』が面白かったので,その読後感です。

よろしくお願いします。

 

そもそも「一般意志」とは

 

序文に示された本書の主張は,「情報技術が張り巡らされた社会の出現は,民主主義を実現するのではなく,民主主義の政治や統治そのものを変えてしまう」というもの。

結構過激な主張にも聞こえますが,これを段階を追って見ていきます。

 

『社会契約論』で知られるルソーは,個人の社会的制約からの解放,孤独と自由の価値を訴えた思想家であると同時に個人と国家の絶対的融合,個人の全体への無条件の包含を主張した思想家でした。

 

ルソーのこの思想家としての2面性,いわば矛盾をどう説明するか?

『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル』の筆者,東浩紀さんはここに集合知(集団が生み出す知性)の概念を持ち出しました。

ツイッターなどのソーシャルメディアは,広くこの集合知の生成の場になっています。

 

ホッブズやロックに始まる社会契約説の構図は,人間は自由で孤独な存在として生まれ,その自然状態を維持することができなくなったが故に社会を作り社会契約を結ぶというものです。

一方,ルソーにおいて社会契約とは一人一人が自分の持つすべての権利と共に自分を共同体全体に完全に譲渡すること

社会契約が社会を作り,生まれるのが「一般意志」です。

 

ルソー「一般意志こそが善や公共性の基準をつくるため、それが誤ることは定義上ありえない

 

ここでいう一般意志は,所謂世論ではありません。

全体意志は特殊意志(個別意志)を集めたものの総和であり合計です。

一般意志は全体意志を構成する特殊意志から相殺し合うプラスとマイナスを取り除いた差異の和。

つまり一般意志は政府の意志でも個人の意志の総和でもない「数学的存在」であり,俗的な世論や全体意志とは区別されます(この「数学的存在」というところがド文系の私にはちょっと難しいのですが,ひとまずこのまま飲み込みました)。

 

ルソー「一般意志が適切に抽出されるためには,市民は情報を与えられているだけで,たがいにコミュニケーションをとっていない状態の方が好ましい」

 

ルソーは一般意志の成立過程において,そもそも市民間の討議や意見調整の必要性を認めていませんでした。

18世紀当時においてルソーの一般意志は抽象的な概念であり,そのため込み入った解釈を生んできました。

 

でも現代では,人々の意志や欲望を意識的なコミュニケーションなしに収集し体系化する機構が整備されてきています。

たとえばグーグルは,私たちが意識せずに検索したりクリックしたりすることによって無意識に行う情報の体系化を可視化します。

ツイッターにアップされる膨大な数のツイートも同じです。

個々の行為は意識的なものだけれど,これが数千万や数十億というデータ量になると,個人の意志を超えた無意識の欲望パターンの抽出が可能になります。

 

このように情報技術によって,私たちの「望みの集積」はわたしたち自身が話し合わなくてもすでにネットワークの中に記憶されています。

 

つまり,一般意志とはデータベースであるといえます。

 

現代社会は複雑怪奇

 

人民による討議や意見調整の必要性を否定したルソーに対して,アーレントとハーバーマスという2人の政治哲学者は,政治には市民間の討議が欠かせないと主張しました。

 

しかし厚い議論の重要性を説く2人は同時に,公的な議論が成立する条件として文化や生活様式の共有をあげています。

誰とでも話せばわかるとは言わないまでも,議論に参加している限り,落としどころを探り求める理念は共有しているはずだというのが彼らの主張の前提です。

 

そして私たちは,その前提が成立しない時代を迎えています。

情報量が劇的に増加し,人々は繋がり過ぎ,あらゆる人が「議論の落としどころを探れない他者」に悩まされるようになりました。

それはたとえばテロリズムであったり、少し世代や文化的な背景が異なるだけで全く会話が成立しなくなるネットにおけるコミュニケーションであったりします。

 

理解するつもりなんて毛頭ないくせに「俺が納得できるように説明しろ!」とつっかかってくる説明地獄案内人も,この悩ましい他者に含まれるかと思います。

 

関連記事︰納得できてることなんてひとつもないよ。 - どんな言葉で君を愛せば、

 

この落合先生のツイートでいうと黄色(と緑)の人でしょうか。

 

 

昨年話題になった書籍『知ってるつもり 無知の科学』でも強調されているところですが,私たちが生きる21世紀の社会はとにかく複雑です。

人間が理解するには複雑すぎるほど複雑である上に,その複雑さが新しい情報技術のおかげであまりにもそのまま可視化されてしまっています。

そのため議論を始めるにあたって,議論の場の共有という前提そのものを信じることができなくなりました。

 

「情報技術が国民の無意識を可視化しつつある今,21世紀の国家は熟議の限界をデータベースの拡大により補い,データベースの専制を熟議の論理により抑え込む国家となるべきではないか?」

 

社会はあまりに複雑で,すべてを見渡せる視線は存在していません。

古典的な選良は存在せず,いるのは特定の業界の専門家だけ。

彼らはその業界を離れれば無見識な大衆の一員にすぎず,ツイッターのようなソーシャルメディアはその現実を明らかにしてきました。

 

「現代においては,選良と大衆という人間集団の対立があるというより,一人の人間がある時は選良として,あるときは大衆として社会と関わっていると理解すべき」だと東さんは主張します。

 

大衆の欲望は各人の大衆的な部分の集合として形成されています。

欲望はそれがいかに不合理でも理性で消し去るのは困難で,言葉による説得ではなく,湧き上がる衝動への実践的な対処が必要になります。

 

スマホ依存を思い浮かべてもらうとわかりやすいのではないでしょうか。

スマホを触らずに勉強したいと思うとき,スマホを触りたいという欲望を行動に繋げない環境をつくる必要があり,それはたとえば郵便ポストにスマホを入れてしまうことかもしれません。

 

そして,『日本国紀』のような書籍がウケる土壌ともなっているナショナリズム。

理性ではなく欲望に,国民の意識ではなく無意識に根差したものであるナショナリズムも,理性や言葉の力ではどうしようもないものであるということになります。

 

民主主義2.0とツイッター

 

ここでルソーに話を戻します。

ルソーは理性の力を信じずに野生の人の本能を信じ,意志として意識されない意志を語って,意識ではなく無意識に,人の秩序ではなくモノの秩序に導かれる社会を理想としていました。

 

ただ,大衆の無意識に従うことは危険な発想でもあるとされてきました。

一般意志とは各個人が自覚できない欲望であり,ナショナリズムも目には見えない欲望に端を発するものです。

これを可視化できる「カリスマ」を求める期待が,ナチスドイツを生みました。

 

しかし現代では本当に多くの人々が,自発的に自らの行動や思考の履歴をネットワーク上に残しています。

技術で人々の無意識を可視化できるようになった今,それを可視化できる唯一存在であったカリスマを求めてしまう危険は回避できると考えられます。

 

ここで一度まとめると,『一般意志2.0』の主旨は,

  1. 近代民主主義の基礎「一般意志」は、集合的な無意識を意味する概念である。
  2. 情報技術はこれを可視化する技術であり,これからの統治にこの分析が活かされるべきである。

というものです。

 

20世紀後半,アメリカの哲学者ローティは「現代社会では”アイロニー”が倫理の基盤となるべきだ」と言いました。

ここでいうアイロニーは皮肉と言うよりも,”2つの矛盾する主張を同時に信じること”であるといいます。

 

何かが真実であることや普遍的であることを信じながら,それは自分が信じているものでしかなく,他人がそれを共有しない可能性もあると認識すること。

これは真理なのだから皆が信じるべきだと思っていながらも,それを決して他人に押しつけないこと。

このような“自己矛盾”を抱えていられる人をアイロニストと呼びます。

 

今私たちは多くの場合,人は私的な領域では自分のことだけを考えて好きなように生きていますが,公的な領域では人のことを考えて倫理的に生きなければならないと信じているはずです。

でもこれからの社会においては「人間はこのように生きるべきだ」と考えることはすべて私的なものと見なされる,というのが彼の主張でした。

 

ローティによれば,人間は決して見知らぬ他者への偏見をなくすことはできません。

そのため理性によっては偏見を乗り越えて連帯できず,相手のおかれた状況や痛みに共感するための想像力によってのみ連帯できるとしています。

 

著者の東さんいわく,民主主義2.0の構想はリベラル・アイロニズムの電子強化版だといいます。

旧型の「話し合えばうまくいく」理想主義と,「データベースさえあれば集合知で最適解が出る」理想主義の組み合わせが民主主義2.0。

そしてこの構想に最も近いのは,なんとツイッター

 

ツイッターでは,ユーザーは自分の画面に自分が好む人物のツイートを並べ,自分専用のコミュニケーション空間を作ることができます。

ここに表示されない外部の情報は,原則的に存在しないのとほぼ同義になりますよね。

このため社会学的にはツイッターは「人々を分断された共同体に閉じ込めるツール」に位置づけられます。

 

でもツイッターはリツイートという機能を備えることによって,ユーザーを意図しなかったツイートに遭遇させたり,繋がる意図を持たなかったユーザー同士を結び付けたりします。

 

 

さて本書はこの後,国家や公共性の再構成について展開されていきますが,私が書きたいことに直接関係しないので気になる方は本を読んでみてください。

 

ここまで長々と語ってきましたが,私が書きたかったのは,既に自分とズブズブの関係になっていると思っていたツイッターでさえも,異なる視線を手に入れて見つめ直すと異なる顔が見えてきませんか?ということです。

 

ツイッターが社会的にどんな作用を持っているツールであるかなんて,普段から考えて使っている人は多くないと思うのです。

 

自分が親しんでいてよく見知ったつもりになっているものに対して「自分は意外と何も知らなかった」と思えるのは大切なことです。

わかったつもりになって脊髄反射でクソリプを送らずに,熟慮して相手の意見の背景に想像力を働かせて,賢く生きていきたいなと思います。

 

SNSの1つであるという単純な事実を超えて,社会学的にどんな作用を持っているのかを考えながらツイッターを見ると,新鮮に映るし,より楽しくなってきます。

 

でもそんなツイッターも決して万能ではなく,字数制限があるため複雑な物事を論理立てて表明することは困難です。

たとえばこの『一般意志2.0』にしても,ルソーの社会契約論からツイッターに新たな民主主義を見るに至る論の展開は140字ではとてもできません。

 

さらに『一般意志2.0』は2011年の本なので,ツイッターの仕様等については現状に則さない部分もあります。

たとえば今は意図しないツイートとの衝突事故がリツイートだけでなく,フォローしている人がいいねしたツイートやフォローしている人がフォローしているアカウントのツイートがタイムラインに現れることによっても起こっていますよね。

 

 

ログイン状態が可視化されるようになる(かもしれない)予告なんて,まさに今回の記事で再三繰り返して来た「行動の履歴をネットワーク上に刻んで収集し可視化する」行為のど真ん中だなーと思っています。

ちなみに私はインスタグラムのログイン状態も非公開にするようなタイプなのでツイッターのログイン状態可視化ももちろん嫌ですが,こうやってサービスの狙いやその作用について考えてみるのは楽しいです。

 

ということで,自分が想像以上に何も知らずに生きてることがわかって見える世界が変わってしまうから,本を読むのはやめられないんだよね~!!!というのがこの記事で言いたかったことです。

 

これは余談ですが,今回の記事で何度も「可視化」という言葉を使ってきてふと思いました。

「可視化」っていう言葉がもう存在していたのに「見える化」という言葉を最初に使った人は誰なんだろう。

既存の言葉を知らなかった人が言ったのか,漢字から意味を拾えない人のためにあえてやさしい言葉を作ってあげたのか……。

私は言葉をバカにしていくのが好きじゃないので「可視化」を使いたいし,「見える化」でなく「可視化」を使う人の文章を読んでいる方が心地良いなと思います。

 

【1/17 12:30追記】

「見える化」という表現はトヨタ自動車による業務の改善活動の観点において初めて登場した。それに触れている2006年度の年頭所感の英訳では「見える化」を「問題を見つけ出し、明るみに出す」と表現している。

見える化 - Wikipedia

「見える化」と「可視化」は言い換えのように使われることもあるし,狭義の「見える化」だけに付与されている意味もあるみたいです。

【追記終わり】

 

余談でした!

 

最後までお読みいただき,ありがとうございました♡

 

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鳴ってもないのに鳴ってる気がする

スマホはもはや俺の臓器

♪キュウソネコカミ「ファントムヴァイブレーション」

 

参考文献

東浩紀『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル』講談社,2011年。

スティーブン・スローマン,フィリップ・ファーンバック著,土方奈美訳『知ってるつもり 無知の科学』早川書房,2018年。