どんな言葉で君を愛せば|@oyasumitte

ハッピー賢者モードと人生イヤイヤ期を行ったり来たり

映画「アイネクライネナハトムジーク」を見ました

こんばんは。さやかです。今夜は金曜日に見てきた映画の話をしようと思います。まず最初に断っておきますが、本記事はネタバレをするつもりで書くわけではないにせよ、何がネタバレになってしまうかは人によると思うので、映画「アイネクライネナハトムジーク」を見ていない方で、これから見る可能性のある方はブラウザバック推奨です。よろしくお願い致します。

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思い立ったが吉日

さて、映画を映画館で見るのは5月に『愛がなんだ』を見て以来でした。それから今日に至るまで見たかった映画は数多くあり、中でも推しである深川麻衣ちゃんの出演作『空母いぶき』と、人に薦められて見ようと思っていた『アルキメデスの大戦』との2つは見る日まで決めていたのに結局行けずに上映期間が終わってしまった為、印象に残っています。どちらもAmazonで買えるようになったらすぐに見るつもりです……悔しい。

私の中では映画に対する興味には結構明確にレイヤーがあって、予告とか告知を見て気になったあと、その興味は自動的に来年にはAmazonで見られるようになるしたぶん地上波でも公開されるだろうという篩にかけられ、それでも今映画館でお金を払って見たいと思ったときに初めて上映している劇場や時間を調べます。その篩というかハードルを飛び越える要因はいくつかありますが、好きな俳優が舞台挨拶に選抜されるような役で出演しているとか、自分がある種の尊敬を感じている人が絶賛していたり私に薦めてくれたりしたという場合が多いような気がします。

それにしても映画って、しばらく上映してるわけだしいつでも見に行けるよねと思っている間に勝手に上映期間が終了していることが多すぎませんか?有効期限1か月だしのんびり考えよう~と思っていたバカみたいにお得なクーポンと同じくらい勝手に期限切れになっているような気がするのですが。いい加減にしろ。これはもちろん、映画を見たりポイントを使ったりするのを先送りにするのはいい加減やめにしろという自戒です。

私は人のオススメを受けて「絶対見ます!」とか「試してみます!」とか言っておきながら実行に移さない人があまり好きではなくて、「さやかちゃん肌綺麗!使ってる化粧品教えて!」と尋ねてくるから愛用品を答えたら「え……高級品使ってる自慢ですか?」と返して来るようなイカれた女と変わらないと思っています。いや、それはさすがに言い過ぎたけれど、人に質問したりツイッターで情報収集アカウントなるものを作ったりしておきながらそこで得た情報をもとに行動を起こせない人って、手段が目的になってしまっているというか、情報に触れていることに自己満足して終わってしまう人なんだなと思ってしまうというか。

無論これは、私が薦めた本を読んでみないヤツは馬鹿だと言っているわけではありません。矛盾するように聞こえるかもしれませんが、私がこのブログやツイッターで自分が良いと思ったものを紹介して、それを読んだ人が実際にその本とか映画を見るかどうかということはあまり気にならないのです。それは「この間書いてたあれ読んだよ!」とか「同じ分野でもう少し専門的な内容の本があれば教えて」と言われたらそれ以上に嬉しいことはないけれど、この文章は特定の誰かのために時間を作って考えているというわけではないので、読んでくれた人のアンテナに触れるかどうかはわからないし。

長々と書いてきましたがつまり、私は情報を得て感化されたときにそれを実行に移す機動力とか体力がない他人が嫌いというよりは、自分がそういう状態で在りたくはないなと思っているというだけのことです。『空母いぶき』と『アルキメデスの大戦』は私にとって映画館で見るという行動に移すべきだと思った作品だったので、それができなかったことを反省し、見ようと思った時に即刻チケットを予約したのが『アイネクライネナハトムジーク』だったのでした。

Eine kleine Nachtmusik

アイネ(或る)クライネ(小さな)ナハト(夜の)ムジーク(曲)。ドイツ語です。英語にするとa little night musicとかになるのかしら。映画の原作は伊坂幸太郎の同名小説ですが、文脈なしにアイネクライネナハトムジークと言われれば多くの人が思い浮かべるのはモーツァルトのセレナード第13番ト長調だと思います。ちなみに米津玄師の名曲アイネクライネは日本語にすると「或る小さな」なので、「どんな言葉で君を愛せば、」と読点で終わっているこのブログのタイトルと同じようにその後に続く言葉を読み手に委ねるつくりになっています。

もう2000字近く前置きを話してきてしまったのでそろそろ本題に入りますが、私が映画『アイネクライネナハトムジーク』を見た理由は、最推し俳優・三浦春馬くん主演の映画が「映画は見たいと思った時に見ないとダメだ」と強く思っていたタイミングで公開されたからであり、感想を簡潔に述べるなら「人生におけるタイミングの重要性を再確認した」、これに尽きます。

タイミングの重要性というか、自分の人生で何が起きるか、どんな結果を得られるかということにおける時機が占める割合の重さに希望と絶望を感じました。『アイネクライネナハトムジーク』は『愛がなんだ』と同じ今泉力哉監督の作品ですが、私は監督のファンというわけではなく、どちらにも自分の好きな俳優がキャスティングされていたというだけの偶然です。人物の描写が薄味であまり没入感が無いのは今泉監督作品の仕様なのか『アイネクライネナハトムジーク』の原作が短編集だからなのかは2作品しか見ていない私には判断できませんが、とにかく強い情動を誘う映画ではありませんでした。これだけ登場人物がいて誰一人として自己投影できる対象がないのも珍しいなと若干冷めた思いで見つつも、終わって全体を振り返ってみると「ああ、あるよねこういうこと」と頷いてしまったり、「星の数ほどのこういう偶然のタイミングが重なって今の私があるし、これからの人生もそうやってつくられていくのだよな」としみじみ思ったり。

私はどうしても劇的な人生に憧れてしまうところがあって、それは毎日を会社と自宅(とジム)の往復だけ、しかも会社での仕事をそれほど負荷にも感じていない、という快適で健全で単調な暮らしをコンプレックスに感じることと直結しています。辛くなければ頑張っていない、頑張っていない自分はダメだと思ってしまうのは体育会のノリを忘れられていないだけなのかもしれないし、それなら激務な職を選べばよかったじゃないかというセルフツッコミで毎日心をこじらせて死にそうになっているわけです。が、この映画を見て当然の如くそうして悩んでいるのは自分だけではないのだよなということ、それから他愛もないありふれた、でも同じ時間同じ場所では二度と起こり得ない出来事が積み重なって、あとから振り返ってみればそれがドラマになるのだよなということを考えて、少し肩の力が抜けたような気がします。

もし主演が三浦春馬くんではなかったら、もし私が『アルキメデスの大戦』を見逃したばかりではなかったら、おそらく見ることはなかった作品だけれど、今ここでこの作品を見たことが将来自分の身に起こる何かと意味をもって繋がるのかもしれないと思うようになりました。出会いも別れも結婚も恋愛もほぼタイミングの一言で説明がついてしまうし、「あの時に見た映画がアイネクライネナハトムジークで本当に良かった」と思えるそんないつかの夜だってきっと不意に訪れるのだろうけれど、その偶然は必ず私が語るに足らないほどの日常を積み重ねた上にあるのだろうなと。そういう意味で、見て良かった作品だなと思います。

可視化されない過程について

随分懐かしいツイートを思い出したので引用してみますが、このブログを始める前、去年の冬に私はこんなことを考えていました。当時は大学生だったので、上司というのはインターン先でお世話になった社会人の方です。

ツイートの文脈は忘れてしまいましたが、当時は私がネットで知った憧れの人に会いに行って、そこで言われるがままにさやかというアカウントをつくったことを指してすごい行動力だと言ってくれた人が多かったように思います。実際にはその人に会ってみたいと思いながらそれを申し出る勇気はないという無行動の期間が1年以上あったり、そのオフ会の企画にも応募していいものかどうかで悩んだりといった紆余曲折があって、私は常にそういった過程を踏まえて自分は優柔不断なのだと思っていたわけですが、そんな私しか知らない過程は外から見たら無いのと同じなので、私の印象が「会いたいと思った人にはすぐに会いに行くすごい子」になるのですよね。

またもや古いツイートを掘り起こしますが、仲の良い友人にもこんなことを言われました。

私は大学生の時によく旅行をしていたのですが、たとえば一人で飛行機のチケットと宿だけは予約して北海道に行ってきたというインスタの投稿を上げると友人から「一人で!?急に北海道!?」と驚かれるのです。でも私がはじめて北海道に行ってみたいと思ったのは小学生の時で、そこから実際に海を渡って降り立つまでに10年以上かかってしまったわけで、とてもじゃないけれど興味を持って即行動に移せる人間だというエピソードにはなりません。

人から見れば無いのと同じというのはだから無意味だということではなくて、多分そこで大切になってくるのは想像力なんだろうなと思うのです。つまり、劇的なことは何も起こらないけれど毎日それなりに仕事をして生活している日常とか、自分なりの結論を出す前の思考って語る機会も語られる機会も基本的にはあまり無くて、自分のそういう紆余曲折は見えるけれど、何か行動を起こしたり大きな成果を収めたりする他者のそれは見えにくい、見えにくいけれど確実に在るのだということを忘れないようにしたいなと。人のことは表面しか見えないし、自分も人には可視化された言動でしか判断されないということを意識して行動しつつ、自分が誰か自身やその人の成した成果を見る時にはその見えない過程の部分にも思いを馳せられる人でありたいなと改めて思いました。

また映画の感想を書くはずの回が壮大な自分語りになってしまいました。想像力と同時にレビュー力もつけたい今日この頃です。せっかく始めにネタバレ注意と書いたので最後に少しだけ具体的な内容に触れてみますが、最近までドラマ『TWO WEEKS』で逃走していた春馬くんが彼女を追いかけて走り回るシーンは見ものでした。それから、主人公のプロポーズ(失敗)のシチュエーションは結構私の理想です。昔付き合っていた人に夜景の見えるお洒落なレストランで結婚したいと切り出されたのも良かったけれど、どちらかというと今は何でもない日に何でもないことのように「そろそろする?」「何を?」「結婚」と言われたいというか、そういう会話が延長線上にある日々に憧れます。まずは彼氏をつくるところからですね……ははっ……

おやすみなさい。また一週間頑張りましょう。さやかでした。

アイネクライネナハトムジーク (幻冬舎文庫)

映画『アイネクライネナハトムジーク』公式サイト

ねえ知ってる?雨に濡れながら号泣したら、一周回って笑えてくるの

「あ、やばい、泣きそうだ」と思った。

日曜日の午後。外は小雨。かっこいい男の人と半日デートして解散して、表参道のスターバックスで一人、温かいミルクティーを飲みながらツイッターを開く。本当はジ・アレイでタピオカミルクティーを飲みたい気分だったけれど、一人で長蛇の列につくだけの気力はなかった。短時間睡眠で歩き回った疲れからか、やや眠気を感じつつ、それでも今夜一緒にお酒を飲める人がいないかタイムラインを探ってみていた。珍しくというか何というか、誰からも連絡は来なくて、なるほどこれが連休中の夜かと。

自分で言うのもどうかと思うけど、今日の私、わりと、結構、比較的、可愛かったのよね。私なりになかなか良い私を作れていたの。新しい服を着て、髪をゆるく巻いて、肌の調子も悪くなくて、カラコンを入れて、ネイルもちゃんとツヤっとしていて。それを誰かに可愛いと言われたかったんだと思う。多分それが足りなくて私は真っ直ぐ家に帰れなかった。病気かなとも思うけど、それくらい普段の私は、かわいいとか綺麗とか好きとかいう言葉を私が恥ずかしくなるまで言ってくれるような人に囲まれる幸せな環境にいるんだな、と改めて感じた瞬間でもあり。でも今夜は誰にも誘われなくて、誰にも誘われなかったときに「今夜空いてる?」って連絡できるような人にも何となく自分から声をかけられなかった。

話は少し変わるけれど、最近自分がどうしても一人で帰りたくない日に「今何してる?」と誰かしらに連絡できるようになって思ったのは、私が過去に好きだった時期に、私に気まぐれにそんな連絡を寄越してきていた好きだった人も、べつに私の好意を利用しようなんてつもりは更々無く単に寂しかったのかもしれないのだよなということ。私にはどうしても自分に対してわりと自由気ままに、率直に言ってしまえば身勝手な振る舞いをしてくる人に対して、自分よりずっと強い精神を持っているように思えてしまうところがあって。彼らには自分を肯定してくれる誰かと会いたいなんて気分になる瞬間など無いはずだと思い込んでいた節がある。

でも私が「この人は私の事好きだから」「この人は奢ってくれるから」なんて理由で誰かに予定を打診することが無いように、多分私が自ら振り回されに行った好きだった人にも「こいつの好意を利用してやろう」なんて意識はなかったんじゃなかろうかと。ただ誰かに会いたい夜があって、自分が会うだけで喜ぶ相手なら誘いやすくて、良くも悪くもそれくらいの気分でしかなかったんだろうなって。

そういえば映画「愛がなんだ」にもそんなシーンがあったな。自分のことを好きなナカハラを振り回していた葉子に対してテルコが「葉子ちゃんも寂しいとか思うことあるの?」と尋ねて、葉子が「あるよ」と怒っていたような。

……何の話でしたっけ。

そう。連休中日の夜に誰も釣れなくて、私は今誰にも会いたいって思われない人間なんだなって絶望して。あ、やばい、泣きそうだって思ってとりあえずイヤホンを外の音が聞こえないような大音量にしながらスタバを出て。駅のホームで帰りの電車を待ちながらずっと泣きそうで、電車に乗り込んでからも泣きそうで、乗換駅のホームを歩いているときにイヤホンから流れてきたのがAlan WalkerのOn My Way。涙腺にクるメロディーラインにもう耐えられなくなって、音も無くボロボロ泣いた。

ちょっと想像してみてほしいのだけれど、駅の構内や電車で一人ぼろぼろと涙を流している22歳の女はどう考えてもヤバい。絶対に近づきたくないと思うはずだ。ただ、普通の人は同じ電車に乗り合わせただけの他人のことをそれほど気にしていないので、俯いてスマホを覗いている女のサイレント涙には意外と気づかない。大丈夫。大丈夫ではないな。

 

とにかく私は、泣きながら最寄り駅に着いた。

地上に出たときには小雨だったから傘をささなかったけれど、運が良いのか悪いのか歩き出して数十秒で土砂降りになって。道行く人が傘をさし始めたり傘がない人が走って行ったりするのを視界には認めつつ、私はただすべてが面倒でそのまま歩いていた。

髪も顔も濡れてぐしゃぐしゃになって、もう自分でも涙なのか雨なのかわからなくなったとき、気付けば周囲には人がいなかった。気が緩んで歩きながら溜息をひとつついたら、それが嗚咽になって止まらなくなって。その後は前から人が来ても我慢できずに泣き続けたから、知り合いに会ってはいなかったことを願うしかない。

号泣しながらマンションの入口までたどり着き、玄関ホールの照明に照らされたときにやっと頭が半分冷静になり、今度は数分間歩きながら泣き続けた自分の滑稽さにジワジワ襲われた。なんと髪や身体を軽く拭きオートロックの鍵を解除しながら私は、笑みを浮かべていたのである。自分の部屋にたどり着くまで、知り合いを含め住人の誰とも会わなかったことを幸運に思うしかない。

ドアを開けて靴を脱いで、濡れた服を脱ぎ捨てながらベッドまで行って身を投げ出し、一頻り声をあげて笑った。泣くのにも笑うのにもつかれた頃、一人で「あー、ウケた」と言いながら立ち上がり脱ぎ捨てた洋服を拾い集め、洗濯機に入れてスイッチを押す。濡れてしまった革靴にも必要な処置をした。私は自分の心がダメな状態になっているようなときでも、こういうものを放置できる質ではない。今回はそれが完全に功を奏して、泣いて笑ってすっきりして、そのあと自分を半ば強制的に日常的な動作の中に置いたことで立ち直りが早かった。

人によってストレス発散方法はいろいろあると思うけれど、私は、泣くことでスッキリするタイプだ。正確に言うと、他の方法で発散を試みたところで誤魔化しに過ぎず、抑圧した感情がある閾値まで達するとサイレント涙が出てくる。それが呼び水となって声を上げて泣けて、ある程度発散できると今度はその情けなさに自然と笑えてきて、何だかんだ一人で吹っ切ってしまえてきた。

(過去にサイレント涙に触れた回→他人に差し出すティッシュは、目で見て手で触れる優しさだと思う。 - どんな言葉で君を愛せば、

 

今思えば私が連休中日の夜に一人でいたのは会社の同期や同僚からの誘いをすべて断っていたからであり、「私は誰にも会いたいと思われない人間だ」という落ち込み方はさすがに被害妄想すぎて笑ってしまう。涙が出てきた理由も一人が寂しくなったからだというのは一理あるけれど全てではなくて、上に書いたように、取るに足らないような感情が積もり積もって閾値に達したに過ぎないのだと思う。多分。

一頻り泣いたあとの憑き物が落ちたような感覚は、情事の後の爽やかな倦怠感に似ている。晴れやかで気だるくて、バカになっていた最中のことを思うと笑いが込み上げて来る感じ。私のTwitterアカウントのbioは今「ハッピー賢者モードと人生イヤイヤ期を行ったり来たり。このポエムはお前のことではないから安心して眠ってください」という個人情報ほぼゼロのポエムなのだけれど、実はこのハッピー賢者モードというのは一般にイメージされる事後だけでなく、泣いたあとのソロ賢者モードも含む。何もセクシーなことばかりしているわけではない。むしろ枯れてる。

ええと、何の話だっけ。

今回のブログにちゃんとタイトルをつけるなら、ストレス発散としての定期的な号泣のすすめ、とかになるのかしら。なんだか鬱々していたり何をしても虚しく感じてしまったりする自覚があるとき、何かを起点にして思い切り泣いてみると案外それだけで肩が軽くなったりするのではないかなというご提案でした。もちろんそれが雨の中である必要はないのだけれど!

最後までお付き合いいただきありがとうございます。ちょっと陰の回が続いてしまったので、次は一転して明るさ100%なことをお話したいです。おやすみなさい。さやかでした。

 

愛がなんだ (角川文庫)

別に、特別落ち込んでいるからこんなことを考えているわけではなく、

24歳で死にたい、とずっと思ってきた。

24という数字には大した意味はなくて、漠然と遠いような近いような、よくわからないけれど若いうちに死ぬといえば24くらいかな、と思っていた。もしかしたらクリスマスケーキ理論に影響されたのかもしれない。そして、来月で私は23になる。24とは言わず22で死んでしまいたい、とこの1年間も時折考えていたのに、ついに23まで生きようとしている。なんだかなあ。

私が初めて死にたいと思ったのは13歳の夏で、理由は今思えば取るに足らないけれど当時の私にとっては世界のすべてに思われたものだった。べつにクラスでいじめられていたとかでもない。端的に言ってしまえば、部活の顧問との相性が良くなかった。試合に出られない先輩にいじめられつつ、一緒に試合に出て勝てなかった先輩たちにいじめられつつ、それでも下級生だった私が勝ち取ったスタメンの座を、その人は自分が気に入られたい他の部員のために譲れと言った。私に拒否権などないことがわかりながら「いいよな?」と半笑いで言われた瞬間のことは今でも忘れないし、私はあの人のことを絶対に教員だとか先生だなんて言葉で呼びたくはない。

話が脱線してしまったけれど、それこそ血の滲むような努力も大人の匙加減ひとつで泡と消えてしまうのだと大袈裟に絶望した私は、そのことをきっかけに部活の時間が苦痛でしかなくなった。球技だったのだけれど、ボールが怖くてたまらなくなった。身体が竦み、顔を背けてしまい、ミスをしてはまた怒られた。怒られるだけなら良かったのだが、中学の体育会の顧問なんて人間よりも鬼に近い存在なので、動けずにいる私の身体に容赦なくボールを当ててきた。

私は部活ノイローゼのような状態になっていたのだと思う。逃げ出すこともできなかった。当時の私は学級委員をしていて、いじめられている子とも田舎の中学を仕切るギャルともそれなりに仲良くしていて、部活ではレギュラーを張りながら次期部長に指名されていて、なんというかつまり、自分で言うのもアレだけれど、典型的な「いい子」だった。両親は私をひどく甘やかすこともしなかったけれど、私がそういう子どもであることを喜ばしく思ってくれていたと感じるし、実際に学校の行事で親から子どもへ手紙を送るという企画があったとき、そこにもそう書かれていた。あなたのことを誇りに思っている、と。

そんな調子で、自分はいい子でなければならない、部活が嫌だからって逃げ出すような情けない姿は誰にも認められない、などと思い込んでしまった私が最終的に出した答えは「部活から逃げるには、もう死ぬしかない」だった。

馬鹿でしょう。世界が狭いでしょう。

来月には死ねるから、来週には全部終わるから、今日だけ頑張ろう、そう自分に言い聞かせないと部活に行けない日々を過ごして、ある水曜日の夜に自室で首を吊った。意識は飛んだけれど、物音で階下にいた母親に気付かれたらしい。目が覚めたら私はベッドに寝かされていて、横では母が泣いていた。

 

それからもう9年が経つのだ。

9年間、死にたいとカジュアルに思ったことは星の数ほどあった気がするけれど、自ら積極的に死のうと思ったことは一度もない。

親よりも先に子どもが死んでしまうことは、逆順とされる。順とは道理、逆順とはつまり道理に反すること。親より長生きすること以上の親孝行は無いとはよく言ったもので、逆順の喪失(親から見た子の死)は悲嘆の心理学の世界において人間の心に最も深くて大きな悲しみを引き起こす要因であるとされていて、おそらくそれは人間の動物的な本能によるものだと思われるのだけれど。

「人間も含めた動物の本能的な行動や精神活動は、それぞれの種が生きている生活環境の中で、各々の個体が自分の遺伝子を子孫に伝えることができやすいパターンに形づくられている」ので、たとえば子どもや大切な人を失った悲しみを強く感じるのは、少産保護戦略(少なく産んで大事に育てる)且つ大きな脳にたくさん本能を装備した人間にとって「もう二度とそんなことが起こらないように」という気持ちを強く持つこと(その気持ちによって行動に影響が与えられること)は、生存・存続の上で欠かせないものだということになります。ライオンに襲われて子どもを失ったとき、深い悲しみを感じてもう二度と襲われないようにと周囲を一層警戒するようになったヒトと、子を失っても何も感じずにライオンを警戒するようにならなかったヒトでは、おそらく前者の方が生き残ってきたはずだ、ということです。

遺伝子が人を失恋で死ぬように設計したわけがない - どんな言葉で君を愛せば、

私は死のタイミングとその方法を選ぶことは究極のワガママだと思っていて、そのワガママを通すと両親を最も酷い悲しみの中に取り残すことになる……というわけで、両親を悲しませたくないという感情が私に親より先に死ぬことを許さない。

そういえば、あわよくば死にたい、そしてそのついでに誰かの役に立てたら最高だと思って高校生の時に臓器提供意思表示をすることにしたのだった。もちろんあわよくば死にたいだなんて誰にも話したことはないけれど、娘が脳死になったときのことを考えたい親などいないだろう。当時、両親は微妙な顔をしていたし悪いことをしたと思う。今も私はあらゆる状況であらゆる臓器を提供すると免許証の裏に宣言している。もう成人してしまったから、そこに両親のサインはない。

 

あわよくば死にたいが、両親を深く傷つけるのは嫌だから二人が生きている間に自分の意志で死ぬなんて選択はできない。関わった誰かに責任感や罪悪感を感じさせるのも本望ではないから相手がいる交通事故も嫌。ついでに腕を切るとか飛び降りるとか痛そうなのも嫌。

私は親しい人を亡くしたり目の前で誰かの死を直接見たりするうちに人間の命なんて呆気なく終わってしまうものだと思うようになったのだけれど、終わってみれば呆気ないわりに、実際のところ、終わりまでが果てしなく長いように思われる。苦しまず痛みを覚えずに死ぬのは案外難しいのだ。

この文脈で、安楽死という選択肢を思い浮かべる人は多かろうと思う。安楽死について調べたことがある人はどれくらいいるのだろうか。今のところ、日本人が安楽死できるのはスイスだけらしい。費用はおよそ200万円でそれほど高くないが、ドイツ語で死にたい理由を説明して協力者たちを納得させなければいけないのだと聞いていた。ドイツ語なんて学生時代に第二外国語の単位が回収できてからは一度も触れていない、これは無理だ……と思っていたらどうやら英語でも聞いてもらえるそうだ。

私の身で考えると、費用面は問題なし。英語も多分大丈夫。でも死にたい理由として、何をどう話せばいいだろう。「24歳で死にたい、とずっと思ってきた。24という数字には大した意味はなくて、漠然と遠いような近いような、よくわからないけれど若いうちに死ぬといえば24くらいかな、と思っていた」なんて言った日には日本に帰されそうだ。そもそも幸せなことに両親が健在しているので、彼らが生きていてくれる間は私もスイスで眠ることを夢見るわけにはいかないのだった。

 

さて、まとまりも突拍子もない不謹慎な思いを打ち明けてきてしまって、ここまで読んでくださった方を不快にしてしまったなら申し訳なく思います。色々なことが空回りする日々で多少気持ちがまいっているのは事実ですが、わりと普段から薄っすらと意識の中にはあることをそのまま書いてみました。タイトルにもした通り、特別落ち込んでいるからこんなに暗い内容になっているわけではないし、このブログを遺書にしたりとか「おやすみなさい」を最後の言葉にしたりとかするつもりは毛頭ないのでどうかご心配なく。

ツイッターでポエムを発した直後に会った人にはよく「ツイート見てると心配になるけど元気そうで安心した」と言われますが、本当にそんな感じです。実はジムで体幹鍛えながら「泣けちゃう」とかツイートする日もあります。泣きたくなる気持ちにも人生は長すぎるなあと思う気持ちにも全く嘘はないのだけれど、いかにも大丈夫っぽく生活できてるならそれは十分大丈夫だよね?私って、大丈夫ですよね?

お読みいただきありがとうございます。おやすみなさい。さやかでした。