マッチングアプリのメッセージで「漫画を貸してほしい」と言ってきた男性に対して、大変ご立腹されている女性を見かけた。
いい大人が自分で買おうとしないなんてと憤る気持ちはわからないでもない。ただ男性からすれば、自分も相手も好きなものを会う口実にしたいということなのでしょう。
借りて、返す。余程のことがない限りは、自然に二回会う口実になる。
好きな人の家から帰ろうとしたら通り雨が降っていた、ある日のことを思い出した。傘を貸そうとしてくれたその人に「大丈夫」と答えた三秒後、私は、借りていけばまた会えるかを考えなくてよかったのだと小さく後悔したのだった。
彼と会ったのはそれが最後……という展開になっていたら、きっと意地を張ったことを悔やんでいたはず。結局そうはならなかったけれど、素直に甘え(て自然に次の機会をつくる)力はコミュニケーション能力の一部だと改めて思う。
漫画や傘を借りるとか、ピアスを部屋に忘れて帰るとか、わざと終電を逃すとか。そういうクラシックなあざとさが、時には必要なのかもしれない。その「時」はどうやらマッチングアプリのやりとりではないようだけれど。
矢沢あい『NANA 3巻』集英社,2021年