「その人を知りたければ、その人が何に対して怒りを感じるかを知れ」とは、『HUNTER×HUNTER』第1巻の名台詞である。
それでいうと、私が今日まで何度も読み返した小説『トップ・レフト』に登場する龍花という男は、とても知られやすい人だったかもしれない。
だって怒り狂っている。怒り、狂っている
その顔を見てディシュリは思わずあとずさった。 龍花の両目は真っ赤に血走って、吊り上がっていた。墓場で血を吸っていた吸血鬼が振り返ったときのような邪悪な形相。何かに取り憑かれた視線。ディシュリは一瞬、龍花の口が両耳までかっと裂けているかと錯覚する。全身から黒い悪意が発散していた。 ディシュリはいいしれぬ恐怖に襲われ、言葉を失う。「何をやってるか、よくわかっているさ」龍花がゆっくりといった。引きつった顔に不気味なうすら嗤いが浮かんでいる。
龍花丈。ジョー タツハナ。
邦銀に就職し、行内の人間から仕事の妨害や中傷を受けながら十年働いた後、駐在先の英国で永住権を取得するなり米国企業に転職した男。
憎悪で顔がどす黒くなる。怒りでグラスを持つ手に力がこもる。 自分を侮辱した上司や人事部の人間が今この目の前に現われたら、間違いなく殴り殺してやるだろう。(いつか借りは返してやる……)できることなら富国銀行に敵対的買収でも仕掛けて銀行を乗っ取り、連中をひとまとめにしてガス室にでも送り込んでやりたい。
もう怖い。殴り殺してやるだのガス室送りだのというのは、倍返しどころの騒ぎではない。銀行乗っ取りとガス室送りは関係ないし並べて語るような復讐方法でもないはずが、そんなことはここまで怒っている人には関係がないのでしょう
実際、自分を貶めた者のことは忘れ幸せになるのが一番の復讐だ、などというのは、どこまでも綺麗事だと私も思う。
ただそれで救われる人はいるのだろうし、どちらかといえば、私自身もそのくちである。時間の無駄だと繰り返し自分に言い聞かせ、そのうち本当に忘れてしまう。 怒り続けるのにも悲しみ続けるのにも相当なエネルギーが必要で、私にはいつもそれが足りなかった。
一方で、自ら相手を貶め返さないと気がおさまらない人たちがいるのも知っている。復讐がどんなに不合理でも、理屈では彼らを止められない。
人が何に対して怒りを感じるか、それを知ればその人がわかると言われるだけあって、怒りはなかなかパーソナルで繊細なもの。見えやすい怒りばかりではない。
もっと簡単で雑な方法は、その人が何を言っているかを聞くことかもしれない。そこへきて龍花の発言はというと……
「簡単さ。英国で労働許可を持って五年以上住んで、二人のイギリス人の推薦があれば国籍はあっという間に取れる。俺はこの八年間莫大な所得税も払ってきた。金で買った国籍みたいなものだ。……この世のものは何でも金で値段が付けられる。すべて金だ」
「俺がお前に付ける値段はな……」龍花は冷淡にいった。「お前の股の間にあるものの値段だ。それ以上でもそれ以下でもない」
まったく酷い。庇おうにも苦しい拝金主義。
龍花の憎む銀行サイドの若者のひとりが持ち合わせていた、夢や愛情には値段はつけられないと言い切る品性も、龍花の発言と並べると眩しさが際立つ。
ところが女性に面と向かって値段をつける最低な男にも、当然それ以外の顔がある。国籍も女も金で買えると言い切る男にも、買えない夢を抱いた若き頃はあった。
目標は全日本の代表となり、日の丸を胸に走ることであった。その夢はあと一歩のところで叶わなかった。社会に出ると同時に、龍花はスキーをきっぱり捨てた。今度は日本を代表するバンカーとなり、日本のためにディールをやりたいと切望した。
人間個人に決まりきったひとつの本質など無くて、優しいだとか意地悪だとかいった性格は、ほとんど関係性やおかれた状況に影響を受ける流動的な一面にすぎない、と私は思っている。
その場その場の判断をする中での傾向や、表出する態度の中で貫かれる価値判断を一定見出すことはできる。それは性格と呼ばれる。
一人の人間の性格は一つではない。日の丸を胸に走りたかった念を仕事に昇華する純粋さ、復讐心に浸りきった言葉、どちらも同じ人がある一時見せた一面に過ぎない。
「丈。あなたはいつも強がっているけれど、本当は優しくて脆い人だわ」
だから、学生時代の純粋さや元恋人・道子の評価だけで、龍花の最低な言動が一掃されることもない。ただ彼は良い恋人ではあったのだ。
そして秘書のセーラを介したやりとりには同僚からの親愛が滲んでいたし、仕事ぶりを知る人からは評価もされていた。
「今西君はよくやってるよ、こんな銀行で。彼が、空しくて辞めたくなりますよ、と漏らした気持ちはよくわかる。何の見返りもなく張り合いもない富国銀行の国際金融部門で、あそこまでやる人間は初めてだろう」そういってから若林は一瞬考え込んだ。「いや、一人だけいたな。今西君が足元にも及ばない、燃え盛る炎のようなディール・メーカーが」「誰ですか、それ?そんな人がうちの銀行にいたんですか?」若林は一瞬遠くを見るようなまなざしになった。
「龍花丈、という男だ」
ところで、わたしは漫画『呪術廻戦』の、伏黒甚爾という男が好きだった。
伏黒甚爾。主人公の親友・伏黒恵の父である。
呪術界御三家・禪院家という呪術師としての才能と力がすべての名家に、呪力を持たず生まれ、幼少期はひどい虐待を受けて育つ。一切の呪力を持たない代わりに身体能力が異常に高い縛りの下、最強の呪術師を圧倒するほどの強さを誇り、主人公側の行く手を阻む存在として登場した。
「自尊心は捨てたろ」
自分も他人も尊ぶことない
そういう生き方を選んだんだろうが
基本的にはお金でしか動かず、暗殺も請負う。妻を亡くした後では「もうどうでもいい どうでもいいんだ」と息子を禪院家に売ろうともする。
決して手放しに褒められる父親ではないが、結局最期に言い遺すのはいつも、自ら恵と名付けた息子を思う言葉であるという、ちぐはぐさというか純粋さというか。その瞬間だけ見れば良い父であると同時に、それだけで拭い去れない業は抱えている。
ただやはり「今の禪院家があるのは甚爾さんの気まぐれだ」と言わしめる、自らを虐げた家を壊滅させられるだけの力を持ちながらそれはしなかった男である。良心が、人の心が、ある。
「禪院じゃねぇのか よかったな」
生まれにより理不尽に虐げられ、必要に駆られてひたすらに強くなり、ただほとんど誰から見ても敵で、悪人で、懐に招いた数少ない人間に対しては優しくその実脆く、一方で実力を知る者からは一目おかれ善悪の枠組みを超越し、そして───
まるで最近どこかで聞いた話。
そう、龍花丈という男。
拾い上げ、酔いが回ってきた目を凝らして見る。 龍花の全財産を記した手書きのメモだった。海外出張の多い自分の身にいつ何が起きても良いようにと、ずいぶん昔に道子のために書いてやったものだ。
龍花みたいな、伏黒甚爾みたいな男が好きです。
また禪院甚爾の話をしてしまった。何を書き出しても気づけばここに着地している。その点、禪院直哉には強いシンパシーを覚えています。
『トップ・レフト』も『呪術廻戦』(全30巻)もご存知の方の方が多いかと思いますが、未読ならぜひ。読まれたら禪院家で誰が好きだったか教えてください。判官贔屓万歳!


