どんな言葉で君を愛せば|@oyasumitte

ハッピー賢者モードと人生イヤイヤ期を行ったり来たり

悪魔的な味

(※2021年9月19日にnoteで公開した内容です。noteからブログに移した2023年3月7日現在、言及先の二つのネットニュース記事が削除されているため、当該リンクをインターネットアーカイブのページに差し替えています)

 

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常人だと思っている自分の理解がおいつかないような犯罪をおかした誰かを、常人ではないと思いたくなるのはわかる。異常な事件は悪魔だから起こせることで、悪魔さえ見つけ出して捕まえて罰してしまえば他の人間は平和に暮らせると思わないと、平気で他人を信じて生きていけない。その感覚はおかしくないと思う。でも実際、人間はそんなに単純じゃない。一つの顔しか持っていない人は多分いない

 

ここに、一人の女性が起こした一つの事件を取り上げた記事が二つある。同一の事件を扱っても、書き手が当事者にどんな仮面を被せて取材し論ずるかによって、読後、その人について抱く印象は大きく異なる。

  • NHKニュース
  • FNNプライムオンライン

あまりに色が異なり単純に比較できるものでもないが、同一の事件を取り上げて同じ「社会部記者」の方が書いた記事であるという点については共通している。NHKの記事は「夢は、航空会社の客室乗務員になることだった」「誰にも相談できず、1人で悩み苦しんでいた」彼女の顔を照らし、事件の要因を彼女の外である環境にも見ていた。一方、FNNの方は終始彼女の異常性を強調し、彼女の中に悪を見出している……くらいのことは言ってもいいだろうと思う

 

先の両記事を読んだ勢いのままこのnoteを書いている。書きたいのは、女性だけでなく父であったはずの男も罰せられるべきだとか、被告の罪に対して量刑が重すぎるとか、そういうことではない。全くそう思ってはいないわけではないけれど、とにかく今の日本では嬰児殺しは犯罪だ。一人で空港のトイレで出産し(!)、子どもを殺めてそれを隠蔽した彼女の行動に、皆が皆同情すべきと考えてはいない。

でも彼女を悪魔のような女性と見做して酷く罰することで、誰がどう救われるのだろう?世界はどう良くなるだろう?

 

彼女が犯行直後にアップルパイを購入して食べていたのは、我が子を手にかけても平気でいられる悪魔のような犯罪者だったからだろうか。それとも彼女が普通の人間だったからこそ、尋常ならざる事態を受け止めきれず、正常性バイアスが働いてそのような行動に至ったのだろうか。どちらにもとれると思う。そして前者の方がおそらく、多くの人にとって感覚的に正しそうな考えだとも思っている

 

彼女が飛行機の中で産気づき、着陸後に一人でトイレで出産したことについて、いずれの記事も余りにサラッと書いているけれど、尋常ではない。清潔な環境で専門家に取り囲まれて行って、それでも苦しく危険な分娩を、たった一人、公共トイレで遂げた。FNNの記事で「出産から殺害までにかかったのは、わずか43分間だった」と書かれている部分だ。助けも呼べず、文字どおり一人きりで全ての痛みと葛藤を飲み込んだその43分を「わずか」とは、私には言えない

 

しつこいようだが、嬰児殺しは今の日本では犯罪だ。より正確に言うと、嬰児、生まれたばかりの子だけではない。妊娠12週を過ぎると中絶手術 にも役所への届出が必要になり、妊娠22週を過ぎた胎児からは、親であろうとその命を奪うことはゆるされなくなる。そして、彼女が妊娠の診断を受けた妊娠7か月(24-27週)というタイミングは、日本で中絶手術を受けられる妊娠21週と6日までという期間をとうに過ぎている。その時点で彼女には、生むという選択肢しか残されていなかった。

避妊をするかしないか、妊娠を疑うか疑わないか、妊娠を知って親や誰かに相談するかしないか。傍から見れば彼女は確かに誤った方を選び続けてしまったように見える。ただ、しなかったのではなくできなかったのではないかと考えないと、結果的に彼女のような選択をしてしまう人を減らすことはできないだろうと思っている

 

嬰児殺しは殺人だ。被告は殺人犯にあたる。それは間違いがない。ただ彼女の他の行為についてまで、異常な人間性の根拠として論うのは何のためだろう。

中絶手術を受けること、病院で産み育てること等が経済的に難しかったと証明する必要があって、裁判でお金の使い道について掘り下げられるのは当然だ。そもそも彼女が風俗で働き客の子を妊娠したところから事件が始まっている為、なぜその仕事をするに至ったかも十分に事件の文脈となっている。

それでもマスメディアの社会部の記者が「客とのあいだにできた赤ちゃんは、就職活動に邪魔だったのか。それとも“アイドルの追っかけ”の足手まといだったのか。何のための美容整形なのか」と、彼女を貶めるような記事を書いてどうなるのだろう、と思わずにいられない。社会どころか一人の人間についてさえ、一面的にしか書いていない。個人的には、本来ツイートやnoteで吐き出しておくべきお気持ちポエムでしかないと感じた

 

ネットではFNNの記事を好意的に(書き方を面白がり、被告を人にあらずと断ずるように)受け止めている人が多い様子だ。つまりウケている。

それはそうよね。タイトルだって「誰にも言えなかった妊娠」より「“就活女子”赤ちゃん殺害後にアップルパイ 法廷で語る風俗バイトとアイドル追っかけ」の方が明らかに異常で人の興味を引くし、あの書き方をされたら読み手が彼女をヤバい女と断じて面白がることは本当に簡単。書き手としては、お手軽に注目を集められておいしいのでしょう。

でもそれって本当に、大きなメディアのニュースサイトが、一人の元大学生の尊厳を傷つけてまでする価値のある仕事でしょうか。

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ここまで書いてみて改めて、わたしがFNNの当該記事を批判する理由に不快感以上のものはないとわかってしまったのだけれど、それでもやっぱり言わずにいられない。どうなんですか、あの記事