どんな言葉で君を愛せば、

22歳新卒、OL人生のスタート

男が女を誘ったりつまらない話を笑って聞いたりスマートにお会計を済ませてくれたりする理由は、

以前このブログで、母は偉大だと書いた(長女という原罪 - どんな言葉で君を愛せば、)。私は母親のことが好きだ。でも生まれてこのかたずっと好きだったのかと問われればそうでもない。母を大嫌いで疎ましい存在だと思っていた時期は決して一瞬ではなかった。小学校5,6年生の頃は母に「うるさいなあ」と言ったり、それすら言わずに母の言葉を無視したりしていたような記憶がある。それは大まかに言えば私の幼さゆえでありつつ、一方では母の性質のためでもあったと思っている。

 

たとえば母は、怒りで手が動く人だった。母の虫の居所が悪いときに彼女の気に入らないことをしてしまえば容赦なく頰に平手打ちを受けたし、そうして叩かれるうちに私は平手を避ける術を身につけてしまったほどだ。無論、子供にビンタをシュッと躱された大人というのは烈火の如く怒る。咄嗟に避けた結果、怒られる時間が延びるのもよくあることだった。話を聴くふり、反省するふりだけが上手くなっていって、すぐに感情的になったり反省しているふりに騙されたりする母を尊敬する気持ちは薄れていってしまったのだと思う。

またたとえば母は、嫌になる程巧みに言葉を使う人だった。同時に、共感力が高く涙もろいお人好しでもある。共感力が高い人は人の痛みや嘆きに敏感であり、人の痛みを自分の痛みのように感じるのだが、それができるのは「人がどこをどうやって突かれたら痛いか」を熟知しているからであるとも言える。つまりどう言えば相手に大きなダメージを与えられるかを知っているのだ。ダメージを与えると言うと語弊があるかもしれない。言われる側に強烈に響く、とでもしておこうか。おそらくその目的において、私の母は「いやらしい」を多用した。言いながら、心底軽蔑すると言わんばかりの視線を寄越してきた。年端もいかない娘に対してだ。母の発する「いやらしい」には確実に憎悪の念があった。何も当時小学生の私が破廉恥なことをしでかしたわけではない。例を挙げるなら友達と遊びに出る前に母に告げた時刻に帰らなかったり、財布は無断で持って出ない約束だったのに母に隠れて持ち出したり、言ってしまえば取り留めのないルール違反だった。違反者の私を母は玄関で平手と怒号をもって迎えるか、或いは台所で料理をしながら私を一瞥して「いやらしい」と言い放ったものだった。

また、母はよく私を叱るときに「わたしがどれだけ心配したと思ってるの?」と言っていた。私の約束破りに自分がいかに傷ついたか、自分がいかに心配したかを伝えることで私の行動を変えようとしていたのだと思う。罪悪感を植え付けて、私を母との約束をきちんと守る子どもにしたかったのだ。これは当然と言えば当然で、生まれたばかりの子どもに「○○な子に育って欲しい」と願いを込めて大事に名前をつけたことの延長線上にある感情だと理解できる。そして私の母がとった方策は、効果覿面だった。私は人との約束や締め切りを破ることに相手のための罪悪感を覚え、相手を嫌な気持ちにさせることだからいけないのだと考える子どもになっていた。相手が自分にかける期待通りに振る舞うことが良いことで、それができないことは私にとって罪悪感を抱く要因になった。

高校まではそれで良かった。良かったと思っている。色々な考え方、捉え方はあるにせよ、親が私に期待していたと思われること、つまり勉強して良い学校に進んで良い企業に勤めることが善であると素直に思えたことは、私の人生にとってプラスだったと思っているからだ。

 

私はずっと「自分や他人が自分にかける期待に応える」ということをモチベーションに生きてきたような気がする。今の会社で、配属されたばかりの頃「良い意味で期待していないので、肩の力を抜いてやってもらえれば良いからね」と言われ、それはもう悔しかった。君には期待していないという言葉はあまりにも強く、リラックスさせるためであれど気軽に言っていい言葉ではないと個人的には思うし、私はそんなことを言われてしまえば何クソと思って余計に気張る。私に期待しなかった人にバーカ!と言いながら投げつけるために結果を出したくなる。だから多分「そっか、期待されてないんだ、じゃあそれなりの働きでいいか」と思える人とは多分私は相容れないのだろう。そういえば、母が私を叱った後諦めたように言う「もういい」も嫌いだった。その言葉に涙が止まらなくなると「泣けばいいと思ってるんでしょ」と余計に詰められたけれど。

話を戻すと、私は母の望んだように「期待された通りに頑張ろうとするいい子」に近付いた。自分で書くのは恥ずかしいけれど事実だと思う。同時に、よく人の顔色を伺って相手の都合のために自己を弱められるようにもなった。私がどうしたいかではなくて、相手がどうしたいか、相手が私に何を望んでいるかということを行動の軸にするようになった。些細なことを例にあげれば、学生時代に飲み会でのセクハラを笑って許していたのも、ツイッターで知り合った恋愛某学生と飲みに行って彼らの教科書通りの行動に合わせたのも、相手の望みがわかっていたからだ。私に触れてくる人が私に望んでいたのは私がそれを拒否しないことだから、私はそうすべきだと思っていた。

男が女を誘ってご飯を奢るのは、女の延々と続くつまらない話を笑って聞けるのは、君と寝たいからだと言う(一部の)男の人の声を私は内面化して、信じてきた。相手の期待通りに動きたい私にとって、そうした、私に何を期待しているのかがわかりやすい存在は好都合な面もなかったとは言わない。今となっては、いかに女をベッドまで連れて行くかということを常日頃考えているような男性に魅力を感じた頃の気持ちを思い出せないし、進んで関わりたいとも思わないけれど。

 

そんな様々な経緯があり、特別に仲が良いわけではない男の人が私を食事に誘ってくれたり優しく話を聞いてくれたりするのは、大抵の場合私に「その後」を期待しているからだと思ってきた。ところが今私が好きな人は、私に触れたことがない。夜中の3時、普通の男ならどう考えても下ネタに持ち込んでくる時間帯にかかってくる電話でさえ、そうした話を振られたこともない。ただ「最近はどうですか」「何か嫌な思いをしてはいませんか」と優しい口調で、基本的に事なかれ主義に生きる私の、どうしようもなく凪いだ日常の話を聞こうとしてくる。オチもなければ山も谷もない、旧知の仲でもない女の話を楽しそうに聞いてくれる若い男性のその動力源が性欲でないとするならば、それは一体何なのだ。まるで命を削るように忙しく生きている人が、その外側でまったり暮らす私と他愛も無い話をしようとしてくれる、その理由は一体どこにあるのだろう。

母のことを嫌いだった時期がある……ということを書き始めたのは確か気分がドン底だった19日の夜で、もっと違う展開を考えていたはずなのだが、スキマ時間に書き進めて3日経つ間にいろいろあって、今回の着地点は「好きな人が抱いてくれないのはなぜなのか」というところになってしまいそうだ。

まあ仕方ないよね。土曜の朝に好きな人から電話がかかってきただけで月曜日までわかりやすくニコニコ笑って過ごして先輩に「何かいいことあったでしょ」って聞かれちゃうような女だからね、私。

つまり、私は期待に応えようとしてしまうタイプだ〜とか性欲の見えない好きな人が私に求めているものがわからなくて怖い〜とかいう話はすべて言い訳であり、本音を包み隠すオブラート、実は黒くてグロいタピオカのビジュアルを誤魔化すミルクティー的なものでしかなかったのである。決して綺麗ではないが純度100%のピュアな本音は、これだ。

好きな人以外から向けられる性欲を孕んだ好意なんて気持ち悪くて仕方ないと日頃思っているくせに、自分のことを美人だとか可愛いだとか言ってくれる優しい男の人に性欲を孕んだ好意を向けてしまっている事実がアンビバレントすぎてつらい。欅坂のアンビバレントは去年好きだった男との思い出ソング、つまり地雷なのでつらい。去年の夏に好きだった、今でも私のツイートによく登場するその男が今の私が好きな人の後輩だったことが判明してつらい。悪夢のような偶然である。

 

こんな話を最後まで読んでくれた心優しい人が、どうか私に降ってきたこの偶然のような悪夢を見ずに朝を迎えられますように。おやすみなさい。さやかでした。