どんな言葉で君を愛せば、

22歳新卒、OL人生のスタート

同期が会社を辞めたいらしい。

7月12日、金曜日。私が今年の4月に新卒として今の会社に入ってから、丸3ヶ月と半分近くの時間が経ったことになる。ホテルで2週間も缶詰めになる宿泊研修や2か月以上続いた研修を経て、一緒に入社した同期とはそこそこ連帯感があった。ただ同期と一口に言っても数百人いる中で、たとえば「辞めるかもしれない」と聞いて寂しく思うのはごく一部であったりする。そしてなんと、私にとってのそのごく一部にあたる同期が、今、会社を辞めたがっているらしい。

上司から急に会議室に呼び出され、何かやらかしてしまったかと無い心当たりを探りながら行ってみると、神妙な面持ちで「つらいことや不満はないか。どんなことでも聞かせてほしい」と懇願された。なぜ急な面談でそんなことを尋ねるのか、はっきりとは言われなかったが、隠し事が下手な上司なので話を聞いているうちにどうやら新卒の誰かが辞めたいと言い出しているらしい状況が薄っすらと見えた。私の愚痴を聞きたいという上司の期待には応えられず申し訳なかったが、私には上司につらいと言いたいようなことが無い。確かに上司のことが好きではないけれど、その上司だから言えないという話ではなく、単純に仕事がつらくないのだ。

これは過去において色々なことに取り組んできた経験から言って、新入社員である今は、私にとって特に楽しく感じられる段階の一つである「0を1にする時期」だからだと思われる。少し前まで大学という温室にいた私にとって、会社はわからないことばかりだ。実務の進め方はもちろん、どこにも書かれてはいないけれど絶対性を持っている不文律だって、会社という一つの世界の中で生きていくには覚えなければならないこと。それらを教えられ、または勝手に見て盗み覚えていくのは、私にとっては非常に楽しいことであった。

ちなみに次に来る段階はおそらく「新鮮味がなくなって飽きちゃった!」である。0が1になった後は大抵の場合、恐ろしく体感成長速度が落ちる。その精神的なブランクに耐えられればしばらくすると次のステージが見えてきて、また自分なりのゴールを設定して頑張れるような気がする。私が仕事を辞めたいと万が一にも言い出すとすれば、おそらくこの飽きに襲われる時期であると思う。

……とはいえやはり、今この時期に同期の誰かが「辞めたい」と言い出しているらしいことに、正直信じられない気持ちはある。私たちは入社3か月で脱落者が出るようなハードな働きを強いられてはいないと思うし、そして仕事の流れを掴んだと言うにはあまりにも未熟だ。飽きるような時期でもない。多種多様なハラスメントが問題となるような時代の流れがあるおかげで、ブラックには程遠いライトグレーな弊社において私たちはワレモノ、あるいは腫れ物のように大事に扱われているという印象がある。全体的には。

先日先輩と話していて初めて知ったのだが、私の配属はどうやら少し特殊らしく、それに関して不平や不満の色を出さない私のことをその先輩は「胆力がある」と笑ってくれる。笑って仕事をガシガシ投げてくれる。私にとってはそれが腫れ物扱いされるよりずっと幸せだ。

そこそこ以上の企業規模があれば、配属された事業部や部門によっては、同じ会社にいながらそうとは思えない環境になることが多々ある。私には話しやすい教育担当も色々な意味で憧れの存在であってくれる先輩も、娘や孫のように動向を気にかけてくれるイケオジたちもいるけれど、同期全員がそう恵まれるわけではない。スタンスの違いもある。私のように自分の手を動かす機会を浴びせられて仕事を覚えていくことに幸せを感じる新卒がいれば、言葉通り手取り足取り教えられたい新人だっている。

「石の上にも三年」「入社したらとりあえず3年頑張ってみろ」は理にかなう場合もあるがそうならないこともあるだろう。会社に限らず世界には、一見すると意義のわからない慣習があふれている。中には本当に意味のないものもあるだろうが、ある程度世界の解像度が上がらないと見えてこない意義というのが存在するのも確かだと私は思う。

「この会議は必要か」「これは自分がやるべき仕事か」を常に疑ってかかる姿勢は大切だ。疑った結果として、その意義が見えずに不満を抱く気持ちもわかる。でもそれがわからないのは自分が未熟なためであるという可能性を考えない人は、私の思う以上にたくさんいるのだな、と人の愚痴を聞いていて最近よく思う。私はまだ会社の人間としては赤子だから「これ本当に必要か?」と思ってもそれをジャッジできるのは今の私ではないと思って当面は素直に取り組むし、同時にその疑問を抱いた事自体は忘れないようにしておきたいなと思いながら毎日会社に行っている。

人が会社を辞めたいと思うとき、その気持ちを否定する権利は誰にもない。私の同期の誰かが辞めたい理由が仕事の内容であれ人間関係であれ、はたまた「自分がやる意義を感じられる仕事探し」であれ、辞めるのであれば、そうか お疲れ様 という気持ちで送り出すし、それ以外に私に言えることはない。

ただ私は相変わらず、自分にしかできないこと、他の誰かではなく私がやるべきことだと心から思える仕事なんて、誰にでもできるような仕事を誰か以上にこなした先にしか無いと思っている。大学の専攻とも全く結びつかない業界に総合職として入った新入社員なんて、数年会社にいて自分より給料が低い派遣の人よりも出来ることが少ないわけで、そう思わないとやっていられないような雑務に追われる日もある。

同期がもし本当にやめるのなら、長い就活を経て入社を決めた会社を3か月で離れる決断力は1つの才だよなあと思うけれど、とりあえず素直にやってみよう、やらないと見えないことがあるから、と考えられる自分のこともたまには褒めてあげたいなと思ったり、そして時には自分の憧れる誰かに褒められたいなと思ったり。